『御馳走帖』内田 百けん
記憶
自分の古ひ思い出の中で、どの記憶が一番古いかと云う事を、きめるのは困難である。 幼少時代の自分に関係した事柄は、自分で覚えてゐると思ふ事が、実は後になって、母や乳母などの口から語られた事の聞き覚えであつたりする。
外部の干渉
きらひではないけれど、飲みたいと思つてゐない時に、先方の思ひつきで飲まされるのは迷惑である。 後の用事とか予定とか、さう云う事は第二としても、自分のおなかの中の順序に、外部から干渉されるのが、いやなのである。
佳肴
午後ずつと仕事をしてゐても、私は間食は決してしない。 ただひたすらに、夕食を楽しみにしてゐる。 一日に一ペンしかお膳の前に坐らないのだから、毎日山海の珍具佳肴を要求する。 又必ず五時に始まらないと騒ぎ立てる。 その時刻に人が来ると情けない気がする。
酒
永年酒を飲んでゐる人は何人でもさうであらうと思ふが、いつの間にか自分の口に合つた酒がきまつて、外の酒ではいけないと云う事になる。
こくがあると云はれる様な酒は常用に適しない。 反対にこくがなくてさらりとした味に、清い香気と色の吟味が酒飲みには一番大切なのであらうと思はれる。
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