神宗
その馥郁たる塩昆布を白いご飯の上に乗せて、ほうばる。
薄く細切りの塩昆布になれているせいか、はじめその塩昆布の肉厚さに一瞬 ためらい、歯で噛み切るころには、山椒の香りが散る。
塩昆布という普段食べなれたものでも、本気で作るとこうも美味しくできるものなのか、と驚いた。 そもそも塩昆布にさほどウマいマズいがあるなんて思いもしなかったが、創業天明元年、神宗の塩昆布には、まいった。 是非食ってみてください。
スーツ
背広の語源
ロンドンの老舗テーラー街、サビルロウともいわれる。
スーツのボタン
スーツの上着の袖についているボタン。 あれをつけさせたのは、なんと、ナポレオンなのだそうだ。
しかもその理由というのが、兵士が軍服の袖口で鼻水を拭くのをやめさせようとして、らしい。
丸谷才一著 軽いつづらより
ネクタイの起源
17世紀、クロアチアの兵士が首に巻いたスカーフがネクタイの起源。 ちなみに日本人で最初にネクタイをしめたのはジョン万次郎だと言われている。
大正時代から普及した。
麻生太郎、服装への気配り
ズボンの裾に鉛を入れて、足をスラッと見せる工夫をしているらしい。
惑う星
夜空の星は、通常東から西に空を移動しているが、観察を続けているうちに、あるときを境に西から東に移動しているように見えることがある。
これを逆行とよぶ。
逆行は恒星には起こらないが、惑星(水 金 地 火 木 土 天 海 冥)には起こる。 そもそもこれらの惑星は、逆行して、まるで惑うように見えることから惑星と名づけられた。
-99.9%は仮説 より-
ビリケンとは何か
ビリケンは、アメリカの女流美術家E.ホースマンの夢によって作られただ。 ある日夢に妙な神様が現れ、自分の姿の像を作り、その足を掻けという。 あくる日、そのとおりの像を作り、よくある男性の愛称「ビリー」と「ケン」をくっつけて「ビリケン」と名づけた。
(読むクスリ 30より)
ナンバ
江戸時代まで一般庶民は走れなかった。とか、昔の剣豪に関してのまるで漫画のような武勇伝は話だけ聞くとどうもウソ臭いというか馬鹿らしくもあるが、甲野氏の文章がわかりやすく、読者を無理に説得しようとしていない所がないので読んでて非常に面白い本であった。
著者は年中着物、どこへ行くにも着物一本で過ごす、と断言している。 その理由は、なんとボタンが嫌いだから。 それだけなのだそうだ。
【グッときた所を引用】
「芸術は何故尊いのか?」それは今も昔も手段が変わらないからである。 武術にも通ずるところがある。
日常生活で当たり前の事とは、時代がすぎると一番忘れ去られる。
「ナンバ」でおなじみ甲野 善紀先生の本『武術の新 人間学』より。
〒の由来
郵便マークに〒を使用しているのは日本だけなのだそうだ。
明治20年、郵政省の前身である逓信(ていしん)省は、T(ていしんのT) を郵便徽章(きしょう)とすることを決めて告示した。ところが告示したあとになってTの字は、郵便連合加盟国間で料金不足の場合に使うマークだということがわかった。
あわてたお役人は、初代逓信大臣榎本武揚にお伺いをたてた。 彼は筆を取ると、Tの字の上に一本線を書き足して〒とした。これならば逓信の頭文字 テ をそのままとったことになる。
後に官報で、「先に告示したT字形は〒の誤植」と知らせたそうだ。
(読むクスリ16巻より)
甲子園の砂
甲子園の高校野球で、負けたチームが砂を持ち帰るが、あの砂は中国の福建省より買い付けているのだそうだ。
その砂は白砂と黒土が混合されたもので、春は雨が多いので水はけをよくするために、砂と黒土の比率を6:4とし、
夏は日差しが強く、白球が見えにくいので砂と黒土の割合を4.5:5.5とする。
ちなみにプロ野球のナイターでは砂と黒土の割合を4:6としている。
クジラ、ミンクかナガスか?
世の中には人を虜にする珍味がごまんとある。
昔々、鮭皮大名なる人物がいたそうだが、その大名曰く、「鮭の皮は薄くて少ない。 もっと鮭の皮を食いたい。 鮭の皮ならば丼で何杯でも食えるぞワシは。 フォッフォッフォ。」
というほど鮭の皮が好きだったのだそうな。
似たような話はほかにも沢山ありそうではあるが、とにかくある食べ物がすごく美味しくて、好きなので、もっと沢山食いたいという願望の結果、このような大げさな話になってくるわけだ。
オイの周囲にも、こんな人がいる。
オレはね、さんまのハラワタだったらね、丼3杯は食えるね。 もうね、サンマ本体はさておきワタを愛しているわけよ。 なんとかしてさ、サンマのハラワタを、フォアグラみたいに肥大させることはできないものかね。 丼3杯は食えるぞしかし。
なんて熱く語る。
(more…)チキンラーメンのすゝめ:チキラーはこう作ると美味しい
たまごポケットの事はあまりアテにしていない。
チキンラーメンを作る際、生卵を割り落とすのは常識だ。 どんぶりにその乾燥したチキンラーメンを入れ、たまごポケットと呼ぶにはいささか浅すぎるくぼみに、新鮮な卵を静かに割り落とす。
(more…)風に吹かれて豆腐屋ジョニー
この豆腐、我が家では好みがはっきりとわかれる。
ヨメが言うには舌触りが滑らかすぎて、大豆の味はするんだけど あまり好みではないとのこと。
オイはその滑らかさとクリーミーさが好みで、酒にも合うし、満足。 絹ごしをさらに絹ごししたような、というか、もはや豆腐ではなく少々固めた豆乳のような食感がよいわけだ。 パックごと左手に持ち、口にジョニーを流し込みなが右手の酒をあおる。 これがけっこうイケルわけである。
ただ、風に吹かれて豆腐屋ジョニーには、醤油があまり合わないような気がする。 普通の豆腐のように、醤油をつけて食べたりすると、あまり美味しくないようなきがする。 パックをあけて、なにもつけずにそのまま食べるのが、一番美味しく感じる。 もちろん薬味系のネギやショウガも添付しない。 塩や七味でも食ってみたが、それもイマイチ。
マイベスト豆腐である中島豆腐のときに書いたが、普通大量生産の豆腐では、豆腐の原料である大豆をケチって使うところが多く、1俵の大豆からおよそ1000丁位の豆腐を作るそうであるが、中島豆腐では、おなじ1俵の大豆から450丁程度しか作らないので、あのような濃厚な豆腐が出来上がるのだそうな。
中島豆腐もそのままなにもつけずにスプーンですくって食べるのが美味しいわけだが、要は豆腐をちゃんと作って豆腐自体にしっかりとした味があれば、醤油や薬味なんて不要であるという話になってこないでもない。
そもそも醤油も豆腐もメインとなる原材料は同じ大豆ではないか。 そして豆腐は塩を作る際にできるニガリを混ぜ込むのであって、醤油は塩そのものを原料にするという。 いわば親戚みたいなものである。 豆腐に醤油をかけるということは、大豆と大豆でカブることになる。 チャーハンをおかずに白いご飯を食べるようなものだ。 だからそもそも豆腐というものは、なにもつけずにそのまま豆腐のみで食べることが、本来の姿なのかもしれん。
しかしご存知のように、醤油なしで食ってウマイ豆腐なんていうのは少ない。 先日もとある豆腐屋で、「一番美味しい豆腐はどれですか?」と聞いてから、数種類ある豆腐のなかから選んでもらって、買って帰った。 一丁で300円チョイである。 木綿と絹バージョンがあり、どちらも買ってみた。 食べた。 フツー。
その某豆腐専門店の、最上の豆腐の味は、どこにでも売っている、一丁60円ぐらいの豆腐の味と、なんら変わりはなかった。 この原因は、やはり1俵の大豆からおよそ1000丁位作っている大量生産品だからなのか、なんなのかはワカランが、オイはもっとウマイ豆腐を食いたい。 だから今度、「1俵の大豆から200丁ぐらいしか作ることができないという幻の豆腐」なんていう豆腐を作ってくださいどこかの豆腐屋さん。 まあ豆腐の美味しさを決める要素は水やニガリ、職人の腕などその他の要素もあるのだろうけれども。