海鮮丼のハズが……
海鮮丼が美味しい店があるという記事を読んで、早くも午前中からその店にいきたくてウズウズしていた。
こんな日に限ってお誘いの声はかかるもので、一緒にメシでも行かないかと誘われる。 断れる場合とそうでない場合があるのが社会であり、今回の場合断ることができなかった。 まあ、しゃあない。 海鮮丼は明日に持ち越すか。
メシをどこに食べにいくのかはまだ決まっていないらしい。 とりあえず、3人はタクシーに乗り込みあっち方面へ向かう。
「メシってどっかなんかイイ店でも見つけたんスか?」
と聞いてみると「うーん、今日は遅いからどっかで軽く済ませて帰ろうや」という。 どっかで軽く済ませる程度の食事をするのに人を誘わんでもよいのではないか。 悩みでも聞いてほしいのか。 yesと言ったオイは失敗だったのではないか、という思いが頭をよぎる。 そもそも「軽く済ませて帰ろうや」の「軽く」とは一体どの程度軽いのか? 生ビールを一杯飲んで、それからうどんでも食って帰るのか、それとも焼酎2、3杯飲るのも「軽く」の範ちゅうに入るのか。
そもそも「一緒にメシでも行かないか」と一口に言っても、それは言う人によって若干意味合いが異なる。 本当にメシだけを食いにいく人もいれば「一杯やろう、てか飲むぞ」メシ=飲むという意味合いの人もいる。 いや少なくともオイの周りはそうだ。 今横にいる人物のいうメシは「酒ぬきで晩御飯を食べに行こう」という意味に違いない。
「うーんどの辺がいいかなーどっかいい店しらない?」彼はいいだしっぺにも関わらずオイにフル。 「実は旨い海鮮丼を食べさせてくれる店があるんですよ」と強引に都合のよい展開にもっていこうと考えたが、ここからは遠い。 「うーん、その辺でいいんじゃないですか?」と答えるのが精一杯である。
「んじゃーそこに入るか」と指差す方向には、何の変哲もない一軒のソバ屋があった。 店から醸し出されるオーラが「ウチはマズいですよ」と訴えかけてくる。 でもオイに選択の余地はないていうかもはやどうでもいい。 早く帰りたい。
早く店に入ればいいものの、店の前に並べられたサンプルを見ながらどれを食べようか悩んでいる。 「どれを選んだっていっしょだよ、まあ早く入ろうや」とココまで出たのを飲み込む。 ようやく店内に入る。 ダルそうなオバチャンに奥へと案内される。
「さぁー何を食べようかな、鍋焼きうどんかなそれとも天ソバかな…」と言いだしっぺ氏は大いに悩む。 オイは……しれーっと生ビールを注文する。 「あーオイくん、ビール飲むの、じゃ、俺らも一杯注文しようか。 それで明日も早いしソバでも食って帰ろうや」という。
「ビール飲むならばつまみがいるよね。 オイくん、何か注文しないの?」というので「つまみも何も、ビール一杯飲んでそば食って帰るんでしょう。 ビール一杯飲むのにツマミは要りません、一気です一気」とココまで出たが「じゃ、枝豆でも頼みますか」と収める。
「オイくんが枝豆ならば私は冷奴。 で、あなたは?」ともう一人に注文を促す。 彼はモツ煮込みを注文した。
しばらくして3杯の生ビールが運ばれてきた。 続いてボロボロの湿ったザルに入った枝豆が届いた。 マズそうである。 「ささ、枝豆でも食べましょうよ」とオイが言うと「それはオイくんが注文したのでしょう。 オイくんが食いなさい。 冷奴はやらんよ」とかいいだしっぺ氏は言う。 それを聞いてあきれる。 枝豆、冷奴、モツ煮込みを皆でつついて生をグッと飲み干すのかと思えば、注文したものは各自で処理しろ、ということらしい。 こんな人物と食事をしたことは今まで一度もない。 なんてヤツだ、アッタマきた。 ビール一杯飲むのに枝豆が一盛りも要るか。 ビール一杯飲むのにモツ煮込みが一皿要るか。
今日ほど枝豆がマズイと思ったことはない。 こんなに早く枝豆を食べたことはない。 早くソバ食って帰ろうと、鴨南そばを注文し、ビールを一気飲みし、枝豆を一生懸命口に運んだ。
モツ煮込み氏はひとりでチョボチョボとそれをつつきながらおそらく発泡酒であろう生ビールをちびりちびりとやってる。 いいだしっぺ氏のことは知らない。 この場は全部オイのおごりでいいから一刻も早く店をでて家に帰りたいなという思いで鴨の細切れの浮かんだノビノビのソバを一気にすすりこんだ。 そして残る二人がソバを食べきるのを待ち「さあ、帰りましょうか」というと食後の一服をしたいといいだしっぺ氏はいう。 どこまで身勝手なヤツなんだ。 モツ氏とオイは彼が一服し終えるまで待つ。
早く吸い終ればいいのにやれ仮面ライダーを見て育った子は攻撃的になるだの、ウルトラマンを見て育った子はそうでなくなるだの面白くもない話を酒を飲んでもいないのにダラダラと語りはじめ、城が好きだとか、戦闘機が好きだとかどうとかこうとか言ってる途中で、モツ氏がヤケに「戦闘機」という言葉に反応したのがその眉毛のつりあがり具合でわかった。
戦闘機というキーワードに異常な反応をみせたモツ氏は「わたしはゼロ戦が好きなのです」とボソリと、まるで相手の知識の深さを測るかのようにつぶやいた。 それを聞いたいいだしっぺは「ゼロ戦ならどこそこに展示してあるよ」と答えた。 「うほっ、お詳しいですね。 もしかして結構好きなんですか?」とモツ氏がニシャーと笑う。 「好きもなにも、戦闘機のプラモデル作らせたらボクにはかなわないよ。 エアブラシはどこのメーカーのがいいか知ってるかい? 戦艦も好きだよボクは」といいだしっぺ。 会話に花が咲いた瞬間である。 それから数十分にわたり戦闘機についての対話がはじまり、
そうな気がしたので、オイは焦り「じゃボクは帰ります金は払っておきます」と言い席をたとうとすると、いいだしっぺは「ワリカンでいきましょうや」と言う。 あたりまえだがや、ダレがお前のメシ代をおごるか、バーカと思いつつも、にこやかな笑みを浮かべながら彼らをおいてソバ屋を去ったのだったのであった。
懇親会というか拷問
「上質なイノシシ肉が手に入ったのでとりにこい」という電話があった。
作物を荒らすイノシシがどうのこうの…で、猟師が仕留めたものらしい。 以前にもしし肉をいただいたことがあったが、シシ肉は旨い。 脂がしつこくなく、肉は柔らかく、なんちゃって牡丹鍋を作ると非常によかった。 即、イノシシをもらいに行く。
「ほー。 こんなに沢山もらっていいのでしょうか?」
用意されていた猪肉は一頭分丸ごとなのでは?というほどの量で、うれしさ半分、どうやって食べきれというんだという困惑半分という具合だった。 でも食べきれない分は冷凍すればいいし、そう深く考えることでもない。 くれるものは、もらわなければ損である。 しかし、世の中そうオイシイ話ばかりではない。
「シシ肉をあげる。 でもそのかわりといってはなんなんだけど、運動会の練習手伝ってくんない?」
という交換条件が提示されたのだ。
来週、この田舎町で運動会があるという。 町内の運動会なのだが、町民は皆はりきっており、一年の行事でも特にこの運動会を楽しみにしているらしい。 「山田さん家の嫁さんには負けられんばい」とか「去年の雪辱をリベンジしてノックダウンさせてやるっちゃ」とか「雅治のヤツ、馬場チョップばくらわせてやる」とかいう、なんとも小規模な個人間のいがみ合いというかライバル心がほとばしっているらしい。 とにかく町内の大事な行事なのだ。
町内運動会は来週に控えており、毎晩予行練習を行っているという。 予行練習までやるのだ。 気合が入っているのだ。 その予行練習では、本番さながら、ムカデ競争やら玉入れやらをやるそうで、それに際し道具を出し入れするいわば「道具係」が必須なのだとか。 率直にいうと、その道具係をオイにやれということらしいというのは、話を2割聞いただけでわかった。
簡単な話である。 そのくらい引き受けましょう。 指示されたとおりに、イソイソと道具を出し入れすること2時間、任務は無事終了した。
「いやいやホント助かったよ、オイくん。 さあ、予行練習も終わったし、懇親会だっちゃ」
どちらかというと、皆さんは予行練習の後の飲み会を楽しみにしていたらしく、早くビールを飲みたいがために目は血走り、浮き足立っている。 オイに猪肉をくれた本人は町内のまとめ役らしく、自分の家に皆を案内する。 「家内がビールをギンギンに冷やしているもんでよ、家に来い」
猪肉もらって、道具を少し運んであげたらビールにありつけるなんて幸せ。 汗ダクだしあいにく喉はカラカラだ。 しかし10月だというのになんでこんなに暑いのか? いやそんなことはどうだってよろしい、とにかくギンギンに冷えたビールを何杯か一気飲みしないと話にならない、軽トラの荷台に乗り、シシ肉氏の家へ向かう。
玄関はすでに開放されており、奥さんがビールとともに待ち構えている。 玄関に入るやいなや、キンキンのビールを一本づつ手渡される、ハズだったが…。 あれ? これってヌルイよね??
奥さんが満面の笑みで手渡してくれる500mlの缶ビールは、冷えすぎというぐらい冷えているハズというかそうでなければならない。 皆汗をかいているんだ。 しかし、その缶ビールはヌルヌルもヌルヌルであった。 もうね、受け取った瞬間にぬるいと分かった。 周りを見回すが、皆さん「うわ、このビールぬるいよね」とかそういう声は聞こえてこない。 オイのビールだけがぬるいのか、いや、そういうわけはない。 ビールには、水滴ひとつついていない。 やはり、皆のビールもぬるいに違いないのだ。
並列に並べられた長テーブルには、奥さん手作りの美味しそうなつまみが用意されている。 だのにビールはぬるい。 しかも室内がやけに暑い。 エアコンが入っていない。 マジか。 適当なところに腰をおろし、とりあえずぬるいなりにも早くビールを一口飲みたいという衝動にかられる。 もしかすると以外に冷えているのかもしれないし。 挨拶なんかイーから早く乾杯をしろ、なんて考えてたら、やはり皆同じ意見だった。 「もーよかよか、とりあえず、ビールば飲もーでかープシュッ」
やはりビールはぬるかった。 まったく冷やされていないといっても過言ではない。 あちこちからビールがぬるいという声が上がる。 冷えていないのは残念だが、とりあえず喉が渇いて仕方がないので一気に飲み干す。 ビールを一気飲みして、これほど爽快でなかったことは人生で初めてだ。 諸君、ぬるいビールはビールではない!
この懇親会には、ビール以外の飲み物がない。 焼酎や日本酒なんて無い。 なにか飲みたかったら、ぬるいビールをおかわりするしかないのだ。 発泡スチロールの大箱に入れられているビールはどれもぬるい。 奥さんはもっと冷やそうなんていう気はまるでない。 そもそもぬるいビールを発泡スチロールの箱に入れておいて何になるのだ。 どうせぬるいんだし、その辺に置いておけばよいではないか。 それとも何か、ぬるいビールを発泡スチロールの箱に入れておくといつのまにか段々と冷えてくるとか。 そんな箱があったら絶対買うね一度拝見してみたいものだね。 と段々ハラがたってくる。 もう帰ろう。
「いやー今日はありがとうございました。 それじゃあこの辺で、失礼します」
翌日、冷えまくったモルツを飲みながら、イノシシ鍋、すなわち牡丹鍋を作る。 なんで猪鍋を牡丹鍋と呼ぶのかというと、猪の肉が牡丹の花びらのように美しいからだそうだが、オイが頂いた肉には、脂身の部分が見当たらない。 もしかすると、その牡丹の花びらのような部分は、豚でいうところのバラ肉にあたる部分なのかもしれない。 その部分がないということは、その牡丹部分は美味しいため、し止めた人の特権として持ち帰ったのかもしれない。 オイ家にあるシシ肉は、いわば残り物なのかもしれない、なんていうマイナス思考が頭を一瞬よぎるが、猪肉にはかわりないではないか、牡丹でなくたって鍋は鍋だぜ。 カツブシと昆布で出汁をとり、そこに何種類かの味噌を溶かし、酒をドボドボと注いで仕上げる。 うん、なるほど美味しい。
イノシシ肉特産化
猪は山を駆け回り、タケノコやクリ、イモなどいい物ばかり食べているわけだから、マズいハズはない、と美味しんぼに書いてあった。 朝日新聞によると、近年長崎ではイノシシ肉を特産化する動きが活発で、江迎町では実際イノシシ肉が売られているのだとか。 同町によると、オスのイノシシは商品にならないそうで、臭味が少なく、肉が柔らかいメス肉のみを市場に出しているそうな。 臭味がでないようにするために、駆除してすぐに血を抜くのだとか。
元々はイノシシによる農作物被害が増え、駆除したイノシシ肉の処分に困ったところから考え出されたのが「イノシシ肉の特産化」だったらしい。 オイの近所の肉屋でも買えるようにしてください。
割れたロックグラス
マーフィーの法則だったか何だったかに「お気に入りのコーヒーカップはいつか割れるものだ、だから購入した時すでに割れたものだと考えろ」というような話があったようななかったような気がしないでもないといっても過言ではない。
別にお気に入りってほどでもないが、Francfrancで購入したロックグラスを焼酎用に使っていて、これがまたよく割れるんだ。
ある時は大きな氷塊を無理やり詰め込もうとしてパリン。 またあるときは、食器洗い中に勢い余ってパリン。 なぜか手から滑り落ちたり、嫁が割ったり、食器棚にしまおうとしていてよく見るとヒビが入っていることに気づく。 というように、ロックグラスだけがやけに割れるのである。 時には購入したその日に割ることもある。 だから沢山買いだめしておかなければならない。
そしてまた昨晩も割れた。 南無阿弥陀仏。
リモコンの裏蓋に激怒する
まずは上の写真を見ていただきたい。 テレビのリモコンに内蔵されている2本の単4電池が見える。 これは「リモコンの電池を取り替えようとして、裏蓋を開けたところ」の図ではない。 誠に不本意ながら電池が露出してしまっている状態なのである。
まずは上の写真を凝視していただきたい。 どこかおかしいところがあるはずである。 そう、裏蓋のツメがない。 本来裏蓋から突き出ていて、リモコン本体とドッキングじた状態を保持しておくためのツメがないのである。 なぜないのか?
それは折れたからである。
なぜ折れたのか? それはフトしたはずみでちゃぶ台の上からリモコンを落としたからである。 使用している人間、すなわちオイに過失があることは重々承知している。 しかしなんでちゃぶ台から落ちただけで、ツメは折れなければならなかったのか。
リモコンとは
リモートコントロールの略。(広辞苑より)
リモート・コントロールとは
遠隔操作。 リモコン。(広辞苑より)
リモートとは、『遠隔』を意味する。 リモコンとはすなわち、遠隔操作に用いる機器を指すのだ。 わざわざ書く必要もないが、そうなのである。
「リモコンのないテレビはただのテレビである」と古くから言われるように(一切ない)テレビを楽しむためには是が非でもリモコンがなくてはならない。 リモコンがなければ遠隔操作ができないわけで、テレビに手の届く範囲内でテレビを視聴しなければならなくなる。 それではテレビが近すぎであり、目が悪くなる恐れもあるので母親は気になってしかたがない。 テレビから離れた場合、テレビに用事があるときは、イチイチ歩いてテレビの前まで向かわねばならない。 これは非常に面倒である。 さらに午後の昼下がり、寝転びながらおやつをかじりつつリモコン片手に無意味にチャンネル操作をする行為は、ボケ防止に極めて効果的だという科学的実証があるわけがない。
とにかく、リモコンはなくてはならない。 裏蓋のツメが折れたのならば、セロテープとかでリモコン本体とくっつけておかねばならない。 そうしないと、肝心な電池がポロポロと外れてしまうのだ。 外蓋がこの世に存在するたったひとつだけの理由は『電池を保持すること』これしかないのである。
セロテープにより見事復活を果たした裏蓋はツメが折れているにも関わらず、電池をしっかりと保持しようとがんばる。 しかし、使用していくうちに、セロテープの粘着部分が溶け出してきて、リモコン本体がベタついてくるようになる。 そうなると、その部分をさけてリモコンを持たねばならないようになり、甚だ使い勝手が悪くなる。 さらに電池を交換する日がきたら、否応なしにそのベタベタ部分に触れなければならなくなる。
セロテープではなく、別の方法で裏蓋を保持できればよいのだが、接着剤でくっつけてしまっては電池が交換できなくなるし、輪ゴムで止めてみるとそのみすぼらしい外見に落胆するし、なんとも収まりが悪い。 やはり、透明なセロテープが一番スマートに裏蓋を保持しておくことができるというわけなのだ。
そもそも裏蓋のツメが折れるから面倒くさい話になるわけで、1度や2度ならばまだしも、我が家のテレビのリモコンはまず間違いなく裏蓋のツメが破損する。 間違いない。 荒々しい扱いをした覚えはなく、いつもほんの些細な衝撃によって破損している。 毎日リモコンを使えばたまには落とすこともあるわけだ。 ちゃぶ台の上から落ちただけで、ツメが折れちゃっても困るわけだ。
とにかく各家電メーカーにはもう少し丈夫に裏蓋を作ってもらえないものかとお願いしたい。 もしくは電卓みたいに太陽電池にするとかいう構造改革をする。 そういえば、携帯電話をリモコン代わりに使えるが、携帯電話の仕事は電話である。
リモコンが落ちるということは、爪の破損を意味する。 今まで幾度となくそれを経験しているオイは、リモコンを落とす度に、ハンマー投擲直後の室伏広治のように雄たけびを上げるしかないのだった。
夏が終わっちまう慌てて花火
瓦
鳥居
お寺にかかっていたイイアジでてる看板
お知らせ
美味かもん雑記帳を若干リニューアルしました。 最近記事が滞りがちだったのですが、また細々とやっていこうかと思います。
それと食い物以外も掲載していこうかと考えております。
そのような余裕はない:チンを待てない男
うー、もうガマンできねえ。
でもなー、何かあったかな。 と、空腹に耐えかねて冷蔵庫をあさる、がなにもない。
炊飯器の中にかろうじて茶碗2杯分のご飯があることは確認できた。 が、おかずになるものが冷蔵庫内になーんにも無いのである。 シマッタ!
飢えきったオイは、ターゲットを冷凍庫に変更し、いきおいよくドアを引き出した。 するとそこには大量の「チューチュー」が横たわっていた・・・・・。 チューチュー以外には何も見当たらない。
少しムカついたオイは、チューチューを一本取り出してバキッと折り、長いポッチのあるほうをくわえた。 そして、チューチューの山をほじくりながら、下になにか食い物が隠されていないかを調べ始めた。 冷凍のイカやクジラ、よくわからない塊なんかがゴロゴロ発見されたが、どうも今の気分とマッチしないし、すぐに食えるものたちではない。 うーん、もはやこれまで、塩ムスビでもこしらえてガッつくかとあきらめかけたその瞬間、レトルトの豚丼を発見したのだった。
この豚丼は、角煮まんじゅうで知られる岩崎本舗から新発売されたというもので、新発売モノが大好きな嫁がとりあえず購入し、冷凍庫に入れておいたものである。 とにかく、レトルトの封を開けて、レンジでチンすればすぐに食えるわけだ。 切羽詰っている今にちょうどよい食い物があったわけだ。
早速丼にご飯を盛り、豚丼の袋を電子レンジに入れ、ボタンを押す。 あとは電子レンジが勝手にちょうどよい頃合を判断して「ピピピ」と教えてくれるのを待つだけである。
待つだけである。 が、いっこうにピピピと鳴らない。 こっちはすでに丼にご飯を盛り、待ち構えているのにピピピと言ってくれないのである。 腹が減っている分、いつもよりもよけいに腹が立つ。 あーもねーと、レンジ内を覗くと、封を開けられて、体裁よく立てかけられたレトルトのパックがクルクルと回転している様子が見受けられる。 「なに悠長にグルグル回ってんだよ! 早く温まれよ」
最早ガマンの限界、タイムオーバだ。 まだピピピと鳴っていない電子レンジのドアを開け、豚丼の袋を取り出す。 電子レンジの判断は正しい。 まだ十分に温められていないのが手に持っただけでわかる。 しかし時間がないのだ。 勢いよく丼の上に豚丼をぶちまける。 所々はまだ凍っているようでもあるが、こっちはテンパってんだよね。 そのうちご飯の熱でどうにかなるだろうし、食おう。
完成した豚丼を両手でかかえ、急いでテーブルに座る。 そして、ついに、まちにまった、待望の、食事となったわけだ。 ワシワシと食い始める。 しかし非常に冷たい。 豚丼の豚がシャリシャリとありえない音をたてる。 温まっていないどころか、十分に解凍すらできていないのである。 ワシワシどころではない。 「ワ」ぐらいしか食えない。 冷たい丼がこれほどマズいものなのかということが、初めてわかった。 こりゃチンしなおしである。
少し食べたので若干落ち着きを取り戻した。 今度は丼ごと電子レンジに入れ、ボタンを押す。 温まるまで十分待つ計画である。 レンジ内で回転しながら温められていく豚丼の様子を眺める。 「電子レンジ、おまえの判断にまかせようではないか。 もうあせったりはしない。」
やはり時間がかかるようなので、豚丼の袋の裏書きを見る。
電子レンジの場合(ラップ不要)
- 袋上部の口を、2~3cmほど切り取ってください。
- どんぶり等の器に、袋ごと立て掛けてください。
- 袋のまま、電子レンジで加熱してください。
と書いてある。 なんだ、はじめオイがやった通りではないか。
時間目安
- レンジ700Wの場合/冷凍から3分・冷蔵から2分
- レンジ500Wの場合/冷凍から4分・冷蔵から3分
と、書いてある。 そうか、冷凍からだったらやっぱ3~4分かかるわけだ。 どうりで凍っていたわけだ。 と納得する。 さらにお湯で温めることもできるわけだが、お湯を沸かしている時間などない。 どにかく、今は豚丼がほどよく温まるのを待つだけである。
しかしウチのレンジは一体いつまで温めるつもりなんだろうね、これじゃお湯をわかして温めたほうが早かったんじゃないのか。 電子レンジ、オマエの仕事は一体何なのだ。 というふうに、電子レンジに対しての不信感がこみあげてくる。
うーんもはやこれまで、これ以上は待てるハズがない。 信じられん。 「ガチャ」とまたもや電子レンジがお知らせをするまで待てず、豚丼を取り出す。 今度は丼がかなり熱くなっているので期待できる。 ちょうどよく温められているはずだ。 丼をアチアチと両手でかかえ、急いでテーブルに運び、ワシワシと食べ・・・・、ようとしたが、熱くて食えたもんじゃない。 こんなの食った日にゃ、病院行きである。 豚丼の豚がジリジリと音を立てている。 温まったどころか、温まりすぎなのである。 ワシワシどころではない。 これでは「ワ」も食えない。 熱すぎる丼がこれほどまでに危ないものなのかということが、身をもってわかった。 こりゃ冷めるまで待つしかない。
なんなんだ我が家の電子レンジは。 すぐ取り出せば凍っているし、少し待てば熱すぎるし、一体どういうつもりだ、考えられん。 と、今にも電子レンジに飛び掛ろうとしているところ、2階から嫁が現れた。 「何してんの?」
事の経緯を話すと、我が家の電子レンジの「おまかせモード」はあまり信用することができないらしく、温める食品の袋に記されているように、3分ならば3分と、時間をちゃんと手動で設定してから温めなければいけないそうなのである。 ケッ、そんなメンドクサイことやってられっか。
腹が減って目の前に豚丼があるにも関わらず熱すぎて食えないという拷問に耐えかねたオイは、冷凍庫からチューチューを3本取り出してしゃぶりながら、じっと豚丼が冷めるのを待った。 これがまた全然冷めないというところがまたムカツク。 電子レンジはスカン。 あー腹減った。
岩崎本舗:ちゃんとチンすれば美味しいです。








