ハエトリグモよ
家族の夕食が済み、ようやくゆっくりした所でソファに落ち着いてゆったりバーボンを飲みながらクロメダカの水槽を眺めていた時の事。
水槽の表面に、一匹のハエトリグモがいる事に気づいた。 こんな垂直に切り立った鏡面で、一体何をしているのだろうか。
ハエトリグモは時折体の向きこそ変えるものの、移動しようとはしない。 まるで壊れた時計の秒針みたいに、あっちへ向いたりこっちへ向いたりしている。
初めて見る動きである。
しばらくの間ただボーッとその動作を眺めていたら「エウレカ!」 彼が何をしているのかが判明した。
ハエトリグモは、水槽内部のクロメダカの動きに反応しているのだ。
おそらく自分が外にいて、相手が内側に居る事を理解していない(あんな沢山目玉がついているのに)。
メダカが奥から泳いでくると、自分に接近してくるから捕獲しようと反応する。 また別のが来たら、そっちを捕えようとしているみたい。
遠くのメダカは小さく見えて、近くにいるのは大きくて。
「この獲物は今まで俺が相手してきたヤツラと違う…」と、戸惑っているのではなくいきり立っている雰囲気がした。
一体どれくらいの時間眺めていたのか分からないが、この観察者であるヒトは、まぶたが文鎮のように重くなったので、灯りを消して考える事を止めたのだった。