【旨み】徳谷トマト【凝縮】
超絶グルメで猛烈な根付コレクターの知人女性が言うには、今目の前にあるケーキ屋さんのチーズケーキはズバリ旨いらしい。
なんでも彼女が高校生の頃オープンした店だそうで、その頃もっぱらお祝い事の際のケーキはこの店のものだったそうで。
今だに人気店でい続けてくれている事が自分の事みたいに嬉しいとサングラスを額までずり上げてまじまじ店内を眺めていた。
喰ってみにゃならん。
その時内心そう思い、彼女を駅まで送り届けてから戻ってき、そのウワサのチーズケーキを買ってみようでないかと決めたのだった。
え、どうして今買わないのかって? そりゃアアタ、彼女は何事にも思い入れが強い方なので、買い物に付き合えば軽く小一時間は消耗してしまうからである。
ケーキを買ってパッと帰るワケにはいかんのよ、腑に落ちるまで店員さんと、とことん語り合わなきゃ買い物が成立せんのでございますオホホ。
そのケーキは、ヨーカン一切れサイズな思ったよりずいぶん小ぶりなものだった。 これひとつで300円もするのかと、普段スイーツを口にしないおじさんはケシカランなと思いながらもフォークで突き崩して口に運べば、
特に感動的な味はしなかった。
「甘ったらしくなくていくらでも入るのよ」と彼女が言っていた通り、たしかにさっぱりした味ではあるものの、なんちゅうかこう、サワークリームにかじりついているような味がして、ついボルシチが欲しくなってくる口当たりと説明したらよいものか、
あげくはケーキ屋さんのクラフトマンシップを感じるような手作り感のある味でなくその真逆のコンビニスイーツみたいな画一的な味がするというかその、
つまり一口で食べるのを止めてしまったのだ。
だからといって、彼女の舌を疑っているワケではない。 美味しさは、それこそ人それぞれなのだから。
それからひと月が経った頃、彼女から電話があった。 ちょうど良かった、かのケーキを買って食べたがあまり得意ではなかった、と伝えようとも思ったが止めておいた。
なんでも今、デパチカに居るのだという。
ブラブラ買い物をしていたら、トマトの直売所が出張販売に出てきており、目の前を通った所差し出された試食をつい口にしたら、あまりの美味しさに舌へ電流が走ったという。
「とにかく絶対食べてみて、高知県のフルーツトマトだから!」と言ったっきり一方的に電話は切れた。
トマトねえ……。
三日ほど経ち、たまたまそのデパートの近くを通ったので、せっかくなので地下に潜ってみた。 生鮮売り場を眺めると、無数のトマトが陳列されている。
高知県のフルーツトマトは……種類が多すぎて分からない。 そこで恐縮ながら店員さんに「すごく美味しい高知県のフルーツトマトはどれですか?」
と聞けば即「コチラでございます」とパックを渡された。
ピンポン玉大のトマトである。
すかさず会計に向かった所、あれ? トマトが売られている。 レジ脇で販売されているのは徳谷トマトと看板があった。
テニスボールより一回り小さいものとピンポン玉大のもの、そしてプチトマトよりも一回り小さなトマト。 どれも徳谷トマトという銘柄だという。
もしかして彼女が話していたのはこのトマトではなかろうか。
「高知県産でしょうか?」と聞けばそうだという。 この客見込みアリ!と思われたのだろうか試食をスッと渡された。
あそうだ、彼女は試食を食べて感動したのだからココに間違いない。 試食したい気持ちは山々だったが帰宅して一粒口に放り込んだ時の感動が薄れてしまいそうだからそれをお断りして、
一番小さな粒が一番味が濃厚だというのでそれを200g購入し、さっき手に取ったトマトのパックは元の場所に戻して店を出た。
夕食時、冷蔵庫からビールを取り出してグビといけば、まるで半年前からそこに入っていたかのように冷えていた。
そして徳谷トマトの封を開き、一粒取り出してはためつすがめつした後口に含んだ。
なるほど、こっち系の味か。
トマトは好きな食材なのでこれまであらゆる種類を口にしてきたが、このトマトはフルーティーなそれでなく、野菜の旨味の濃いものだった。
だが、さして感動するような味ではない。 この味は、家庭菜園でプチトマトを育て、それを朝いちばんにもいでつまんだ時の味である。
つまり安易に手に入る味だ。
期待していた分「こんなもんか」と無機質な感想を抱きながら続けざま二三粒口に入れて咀嚼していると、不思議と評価が変わってきた。
食べる都度、味が舌に蓄積されてくと表現したら良いのだろうか。
噛みしめていると、弾けた皮の、あふれた果汁の、青々しい果肉の旨味が至極真面目に感じられ、それらが調和してひとつの風味を構成している事を感じる。
はじめはバランスのとれた真面目な味すぎて舌がこの美味しさに気づけなかったのだろうか。 目を落とすと袋の中は空になっていた。
徳谷トマト
生産量はとても少なく、一般的なフルーツトマトが90日で収穫できる所、150日かけて育て上げる宝。 普通のものの1/4程度の生産量だという。 生産者番号52番栄田さんの、育てたトマト。