タカちゃん
昭和から続く人気の酒場でいつもお客で一杯だからなかなか入店すらできない、という店を目指したらすべりこみで入ることができた。
おそらく時間帯がよかったのだろう。
案内された席に着くなり「お飲物は?」と聞かれたので熱燗をお願いしたら、
「タカちゃーん、ご新規さん燗一本ねー!」と女将さん。
すると奥の厨房からのれんをくぐって現れたタカちゃんは「あいよー」と間の長い返事をした後また奥に引っこんだ。
すぐにお燗はタカちゃんにより運ばれてき、そのままタカちゃんから肴のメニューを手渡された。
まだお客が一杯だから今のうちに頼んでおいたほうが安全だと感じたので刺身とタタミイワシを間髪入れず注文した。
「あいよー」とタカちゃん。
奥の客がおあいそ、らしい。
女将はそろばんを弾いて「タカちゃーん、これね」と会計の書かれた紙をヒラヒラさせた。 タカちゃんはせわしくそれを受け取り、客のもとへ向かった。
どうやら客の注文に手違いがあったらしい。
牛スジを注文したというのに、ちくわぶが届いたというのだ。
「タカちゃん、どうなってんだい!」と厨房から板さんが顔を出した。 タカちゃんは急いで奥に向かう。
しばらくし、ずり落ちたメガネを右手の人差し指で上げ上げタカちゃんが戻ってきた。 女将にミスが起きた原因を説明しているらしい。
手が空いた女将は、客からお土産で貰ったという栗きんとんの包みを開き始めた。 一粒つまみ上げてためつすがめつし、すぐ口に入れるのかと思いきや「タカちゃん、これ食べてみなよ!」と彼女に振った。
タカちゃんは急いでカウンター内に入り、きんとんを受け取るやいなや客に見えぬようかがみこみ、ポイと口中へきんとんを入れた。
しばらくモグモグしたあと少し天井を見上げて首をかしげ、スクと立ち上がった。
「うーんちょっと栗の薫りが弱いわね」と素直な感想を述べるタカちゃん。
それを聞いた女将は「お客さんに貰ったものをそう悪く言うんじゃないよ」と冗談めかしくタカちゃんの背中をパシンと張った。
ずり落ちたメガネを上げ上げ「なにも美味しくないって言ってるんじゃないのよ」とはにかむタカちゃん。
「タカちゃーん、できたよ!」と厨房から声がした。
急いで向かったタカちゃんは大きなビニール袋を二つ提げて戻ってき「配達行ってきます!」と宣言して店を出た。
その後私が店を後にするまでタカちゃんは戻ってこなかった。