ビビリ王
彼は飛行機に乗る前にウイスキーのダブルを一気する。
そして手当たり次第に雑誌を買い込み、機内へ。
シートベルトを着用したあと、キョロキョロしたり、雑誌を手に取りパラパラめくり、置いて、また別の雑誌をパラパラ…。
「雑誌の向き、逆だよね」と教えてやるとあわてふためく。
離陸前でエンジンの回転数が上がると「もう俺の人生シューリョー」という顔をしている。
このとき耳元で「実は飛行機がどうして空を飛べるのかは実際のところよくわかっていないという話もあるらしいよ」とささやくと、浅黒い顔が一瞬で絹ごし豆腐のようになった。
飛行機が滑走路を突っぱしり、離陸した直後はまさに座席にへばりついている。 まるで彼だけが周囲の数倍の重力を受けていて、もうすこしで「プチッ」とつぶれてなくなってしまいそうなぐらいへばりついている。
機内サービスがはじまる頃には落ち着きを取り戻し、いつものように99.8%はウソだと自ら豪語するくだらない話を延々と語り始める。
「この前飛行機に乗ったときにさ、添乗員さんが新人だったのよ、そんでさ、いろいろとぎこちないわけ。」
「おの、おのみ物はな、何にしますか?」とか頻繁にかんだりして。
「んでさ、オレの横に座っている客に飲み物を尋ねる際に「お飲み物は何になさるか?」と言ってしまったわけ。 そしたらその客もよくわかっているヤツでとっさに「かたじけのうござる」とあわせたわけよ。 それを横で見てて思わずフイてしまったっちゅーわけよ。
らしい。 似た話をテレビで見たし、そのもっと前に「読むクスリ」で読んだ。 やっぱりこいつ、ハッタリ野郎。
着陸態勢に入る頃には離陸時同様の状態になる。
そんな彼とこの前ビール飲んでたら、血液型の話になった。 このテの話はあまり好きではないので取り上げないが、血液型を非常に重視するそうだ。 その流れから手相、人相と話は広がり、オイと彼共通の人物を例に、彼は目元がこうで、口元がこうだから受難の相である。 とかもっともらしく言う。
どうしてそう言いきれるのかというと、昔そのテの先生の付き人をやっていたのだとか。 先生は占い師であり、霊能者であり、家具職人なのだとか。 先生はその驚くべき能力からあちこちお呼びがかかる多忙な人で、一緒にいるうちに自分も色々とわかるようになったと彼は言う。
ある日、ある裕福な家庭の人形にトリツイタ悪霊をお祓いするために、先生、その他テレビで知られる有名な霊能者一同があつめられたそうな。 しかしその悪霊は強力であり、名だたる霊能者では歯が立たなかった中、先生だけは対抗する力を持っており、結局先生がお祓いを済ませたのだとか。 謝礼として莫大なお金を手に入れ、彼もそのおこぼれを頂戴したらしい。
彼は先生の付き人であるから悪魔と対する際もその場におり、その人形も見ている。 ドアを開けるとそこは異様に重たい空気が流れ、真ん中に置かれた人形には結界が張り巡らされている。 人形自体から発せられる威圧感に彼はたじろいだが、先生は立ち向かい、勝った。
家の主人に感謝され、謝礼とともに何故かバナナをもらい、そのバナナを手にした彼が家を出た瞬間、そのバナナはボロボロと灰になったのだとか。
「どう? すごい話でしょ」と彼は言うがどうせハッタリだし、そもそもオイはそのテの世界を一切合財信じてはいない。 素直にそう伝えると、彼は少しつまらなそうに口を歪めた。
久しぶりに彼に会うと、やけにやつれている。 聞いてみると、眠れないらしい。 なんでも、ウトウトしてくると目の前に斧を持った大男が現れ、追いかけてくるそうだ。 必死で逃げるが追い詰められ、まさに斧を振り上げられたところで目が覚めるという状態がもう何日も続いているのだとか。 午前2時と、5時に必ず目が覚めるらしい。
こうなったのは、オイに悪魔の話をした日の夜からであり、オイに何ともないかと聞いてくるが、なんともあるワケがない。 逆に寝つきがよい。 食事もうまい、健康そのものである。
これからは聞く人が喜ぶ素敵な話をすればすればその症状は改善されるんでないの、といかにも物知り顔で助言した。