アナグマとの遭遇
恐れを知らぬ者
梅雨明け間近の小雨降る中日課のランニングをしていると、前方の草むらから小さな動物が現れた。
アナグマの子供である。 ちょうど1リットル入りペットボトルを少し短くしたようなサイズで、大人のアナグマはたまに目にするものの、こんな小さいのは初めてだ。
アナグマと遭遇しても、いつもはこちらを気にも留めずにスタスタ茂みに消えていくものだが、この子供はこちらに向かってトボトボ歩いて来た。
私が視界に入っていないのだろうか。
目の前3メートルほど来た所で、子アナグマは突如立ち止まり、口を大きくパカンと上を向きながら開けて、威嚇をしてきた。
その少しマヌケな、ちっとも威嚇になっていないそのイカクが微笑ましくもあったが、こちらとしても黙ってはいられない。
私はヒトという種でキケンなんだぞ、という教えを説くつもりで、両掌を合わせて参拝するように目の前でパチン!と叩いてみた。
すると瞬間子アナグマは、地面から3センチばかり直立姿勢のまま飛び上がって着地した。
これで逃げてゆくだろう、と思いきや。
今度は距離を詰めてきて、もう一度まるで福島の赤べこのように首を上げてまた口をパカンと一度開けて威嚇してくるではないか。
残念ながら、両耳にイヤホンを装着しておりそのパカンが鳴き声の伴ったものなのかは確認できなかったがたぶん声も可愛らしいものなのだろう。
まだ恐れを知らぬ子供なのだ。
仮に大人のアナグマに同じように威嚇されたとすると、割と身構えてしまうほどの迫力があると思う。 だが大人はたぶん、関わり合ってはいけない事を知っているのでこちらを無視して姿を消すのであるが、この子はまだ、この世界で生きてゆく術を体得していないのだった。
そこで今度はもう一度、掌を合わせると共に、「ガォーッ!」と奇声を上げてみた。
するとまた飛び上がり、ようやく後ずさりして向きを変え、茂みに向かってトコトコ撤退し始めた。
その姿を最後まで見届けてから、またワークアウトを再開したのだった。
後日談
二三日して、また朝走っていると、道路の脇に子アナグマの死骸を見つけた。 間違いなく車にはねられたものだろう。 まだ間もない様子もあった。
先日の子供なのかを確認する術はないが、そうでない事を祈りたかった。 ルートを折り返し、再度その亡骸を見たときにはちょうど、清掃業者の方が回収しようとする瞬間だった。
走りすぎながらその光景を目で追う私の事を業者の方は「そんなにコレが珍しいかね」といういぶかしげな表情で応えたかのように見えた。