【こんなに美味しいなんて】駒形どぜう本店【もっと早く行けばよかった】
前から店の前を通る度に行ってみようと思っていたが「でもドジョウだから」とタカをくくって行かずにおいた事をひどく後悔した。
閉店の時刻が近い頃店に入ると下足番が「ただいまのお時間は座敷のみのご案内となりますがいかがでしょう」とおっしゃるから「かえってそのほうが有難く床に坐して飲む為に来ました」と返事した。
いつか写真でみた、憧れの座敷なのである。
もちろんどぜう鍋を注文した、ビールを飲みながら到着を待つ。 となりでは青年がごはんのおかずとしてどぜう鍋を食べている。 もうほとんど食べつくしている模様。
そのとなりでは胡坐でなく正座をして粛々ビールを飲みながら、一心不乱にどじょうをつついている老人がいる。 かなり食べなれた様子であり、この店に古くから通い馴れているのだろう空気感がありむはや店と一体化している感じがした。
どぜう鍋が到着した。
仲居さんに「説明必要ですか?」と聞かれたので「ぜひ」と返した。 なんでもどじょうにはすでに火が通っているのですぐ食べる事ができ、その際ネギを上に乗せたり七味や山椒を振ったり、つゆが煮詰まりそうになったら別途添付のポットから鍋へつゆを注ぎ足すよう教えられた。
去ろうとする仲居さんを呼びとめて品書きにあった「ふり袖」という駒形どぜう特醸造酒、なるものを注文していざどぜう鍋へ。
丸々と超えた見事などじょうである。 まずは何も加えずにどじょうのみをやさしく箸でつまみあげて口に入れた。
ホロホロ柔らかく、だしがほのかに染みており、臭みがまったくない。 ごくかすかにウナギのそれと似た脂気がある。 とても上品なお味。
続いて山椒を振ってつまんでみると、こんなの美味しくないワケないじゃないかという味がした。 なんと、どじょうとビールはよく合う。
瓶が空になった瞬間即座に例の「ふり袖」が運ばれてきた。 正一合である。 どじょうを口に放りこみ、盃に酒を注いでクイとやれば、
なんという日本酒なのだろうか。 相当な酒である。 字面からすると駒形どぜうの為に醸造した酒、という事になるが一体どこの蔵が作っているのだろう。 これまで飲んできた、どの日本酒とも似ず又、十指に入るほど旨い。
酒の味に陶酔していたらどじょうの鍋のつゆが煮詰まりエッジがチリチリ言い始めた。 すかさず教えられた通りつゆを注せば、また元のようにグツグツ煮える音に戻った。 ここではじめてネギをドッサリどじょうの上に乗せた。
すぐ前の座敷に母親と娘二人のお客が座った。 かなりこなれた様子でどぜう鍋セットを注文し、ごはんをワシワシ食べながらどじょうをモグモグ食べている。 レディーのディナーが駒形どぜうだなんて、江戸っ子は洒落ている。 どじょうの上にはネギをドテンコ盛りするのが通人の食べ方であるらしい。
見比べてみると、私の盛り方は勢いがない。 そこでマネしてネギを山盛りにしてみたら、どじょうの存在感は薄れるものの、食べ物としては完成された味となった。 ネギはすぐにクタクタになるが、つゆをたっぷり吸い込んだそれをつまむとことさら酒が旨くなった。
どじょうを全て食べ終わる頃、ちょうど日本酒が尽きた。
鍋のサイズや炭火の加減として、酒を二三杯飲んだらちょうどどじょうが空になるよう計算された供し方なのかもしれない、これぞ店の長い歴史が成せる技。
帰り際下足番の方へ「どじょうがこんなに美味しいものだとは思いませんでした」と感想を伝えたら、「当店のどぜうは臭みがまったくないのが特徴で、大切に育てた天然ものを使っています」との事だった。
飲み初めにこちらへ伺い、どぜう鍋で軽く腹ごなしをしてから夜の街へ、という使い方を今後していこうと思った。