一分間のカウント
パスタを茹でようと、スマホを取り出しタイマーをセットしかけたら、9時間25分31秒をカウントしているストップウォッチが稼働中だった。
一瞬ワケが分からず何コレ?と思ったが、ああそういえば、今朝のあの一件でのカウントが続行中だったのだ。
朝、息子をクラブチームの練習へ送り届けた後、せっかくだからとその近辺をサイクリングする事にした。 天気も良いし、普段見慣れぬ土地を散策するのはさておき楽しい。
はるか遠くまで伸びた直線道路を、脇にズラリと植えられているキャベツを眺めながら走行中だった。
前方に、中学生ぐらいの女の子が自転車の傍らにこちらを向いて立っている。
無表情である。
何なのかなと思いながら避けて通りすぎようとした瞬間、視界にただならぬ事態が飛び込んできた。
同じ年ぐらいの女の子が、自転車もろとも畑の中に転倒しているのだった。
「何があった!?」
と自転車を降りてすぐ女の子の所に向かえば仰向けで白目をむきながら、口から泡を噴いている。
とっさに110番に電話しようとすると、ここで初めて道路に立っていた女の子が口を開いた。
「もう別の人が電話しました」
と。
その別の人の姿は見当たらないが、とにかくこのままでは危ないと思い、まず自転車と絡まっている女の子の手足をほどいて自転車を路肩に上げた。
そして仰向けの女の子をまず横にさせて、救急車の到着を待つ事にした。
どうして横にしたのかというと、昔飲み過ぎた友人がぶっ倒れて眠ったままおう吐物を出している光景を目にし、窒息するのではと思い横にしたところ、後日その判断は実に正しかったと救急救命士に言われた事を思い出したからだった。
立っている女の子に話を聞けば、なんでも自転車に乗ってふたりで遊びに出かけていたら、急に気を失ってこうなったのだとか。
状況が状況なので、こちらの女の子もボー然としている。
車が通りがかり、私と同じように異変に気づいて女性が降りてきた。
倒れている女の子を見るや、サッと手首をとり脈を計りはじめた。
「あの、ちょっと一分間のタイマーをセットしてもらえませんか」と言われた私はすぐにそれに応じ、食い入るように60秒カウントされるのを待ったのだった。
この身のこなしからして看護士の方なのだろう。
一分間の脈拍は97だった。
今救急車がこちらに向かっている事などを女性に伝えていたら、パッと女の子の目が開いて意識が戻ったかのように見えたが、こちらを見ているにも関わらず、どうやらそれを認識していない様子だった。
「水を飲ませましょう」と女性が言ったのでとっさに自販機を探しに繰り出そうとしたら、近所の方がマグカップに水を注いで持ってきてくれた。
救急車が来た。
ひとまずこれで安心だろうと、私は現場を後にした。
彼女はきっと助かったに違いない。 初夏とはいえ日差しの強い田舎道。
こんな所で倒れたらどうしよう、と思うような場所ではあるが、救いの手は一瞬で集まってくるこの長崎が私は好きだ。