禁断のドア
年明け早々飲食店を営む友人から連絡があった。
なんでも年末、大変なクレーマーが現れたらしい。
営業最終日の閉店間際に現れた四十代の女性は、席に着くなりワインを注文した。
その後ものすごいペースでグラスを空けていき、どんどん陽気になっていったという。
隣の常連男性に声をかけはじめた頃から異変が。
最初は常連もニコニコしながら応じていたものの、次第にやり取りがしつこくなってきたので距離をとろうとしていたのだが、その女性はガツガツ向かってきて、ついに常連はおあいそする事になったらしい。
それを逃がさんと引き止めようとする女性。 明日予定があるからと振り切ろうとする常連。 やりとりがしばらく続いた後、衝撃の展開が待ち受けていた。
なんとこの女性、常連に自分の会計も持つよう強要しはじめたのだ。
仲良くなって楽しく話をしたのだから、男だったらレディの飲み食いした分も持て、と。
魂胆を知った常連は顔を真っ赤にして「ふざけるな!」と言い残して自分の会計だけを済ませて帰ったという。
機嫌をそこねた女性はその後すぐに会計を済ませて店を出た。
額の汗をぬぐう友人。
翌日常連へお詫びの電話を入れたら「ああいう客は大変だね。 まったく気にしてないしもう済んだ事だし、キミが謝る事ないよ、また行くね」とあとくされない様子だったとか。
誰もがこれで一件落着だと思うだろう。
ところが新年営業初日、女は再び現れて、入ってくるなり鬼の形相で、こう怒鳴ったという。
「こないだアンタの店で食べたもので食中毒になって正月大変だったのよ、どうしてくれるの!」
と。
このクレーマーはひとつだけミスを犯している。
わが友は、日頃は柔和で笑顔の素敵な女性であるが、若かりし頃は触るもの皆傷つけまくった元・セミプロなのであった。
暮れにあなたに出したものは全て覚えております。 まずちりめん山椒。 そしてアンチョビ。 最後にビーフジャーキー…どれも皆、今も在庫のある品で、毎日つまんで確かめております。
あなたが食中毒になったのなら、どうして私は毎日食べているのにならないのでしょう? 今から誰かを呼んで、これらを食べてもらいましょうかね?
それともなんです、もしかしてウチの店をたかろうっていうおつもりなんですかね。
現場に居なかったが、想像するのはたやすい。 女はさぞ怖かったであろう。 後ずさりして走って逃げたという。
別に脅してはいないんだけどね(笑)。
と、爽やかに笑う、わが友だった。