蕎麦と鮑

これまでの人生で会った人ん中で、一番の金持ちは高山さんたい。
なんでそがん断言できるとか? そいは氏自身が「俺は誰よりも金を持ってるぞヴァハハ」て会うたび豪語しよったけんさ。
出会いは日本酒の品評会やった。
あちこちのブースでやたら毒ば吐きまくりよる爺さんの目について、避けるごと巡回しよったところひょんな事からつかまってしもうて、仕方なし話ば聞いてみたら、主張しとる事はおおむね正しく又、酒だけでなく食に関する知識も相当なもんていう事のすぐ分かったとさ。
そいから微妙な距離感の基、奇妙な付き合いの始まった。
大抵むこうから電話のあって、タイミングの合えば会うて話ばするごたる関係。 ある時は三重県産の天然あわびばゴミ袋一杯、50枚ぐらい提げてきて、今から横浜の中華料理屋に行こうて誘うてくる。 もちろん全てば調理させるつもりさね。
ちなみに氏の身なりはこれといって金持ち風でのうて普通の老人らしいラクダ色のジャケットにネズミ色のスラックスていう出で立ちさね。
氏は酒ば一滴も飲まん。 でもさっき出会いは酒の席て書いたやろうがてお思いやろうけど、酒は飲めんでも味わい自体ば吟味する事ば生きがいにしとるとたい。
だけん一緒に食事ばしても、オイは酒ばガブガブ飲んで、氏はお茶ばススりながらガツガツ飯ば喰うていったテイで、はた目からしたら相性の悪かごたる二人ばってん、妙な所でシンパシーば感じてしもうてね。
付き合うて二年ばかりして、広島県の松茸ば山ごと買い取ったけん掘りに行こうでて誘われたけん喜んで同行すっ事にした。 小柄で中肉の老人ばってん、そん体力は目ば見張るもののある。 急な傾斜もなんの、たぶん元気の秘訣は異様なぐらいの食欲に支えられとるて見た。
氏は時々フて独り言のごと昔話ばする事のあった。
奥さんは、さる大企業の創業者の娘にあたる人やった。 子供は作らんかった。 結婚してからていうもの、多くの経済界の重鎮と知り合いになって、四十に差し掛かろうてした頃ある大物政治家にこげん言われたらしかとさ。
ねえ、あんたは有名になりたいの? それとも金が欲しいの?
て。
躊躇なく氏は「金」て答えたらしか。
そいが金持ちになった理由のひとつであったとばってん、ここに書くともハバカラルルごたるストーリーも中にはあったよね実際。
ふた月にいっぺんくらいの割合で会いよったとけど、ある日プツリて連絡の途絶えたとさ。 半年ぐらいした頃気になって連絡ば入れてみたら入院しとんなった。
胃の大部分ば切除したとげな。 ちなみに見舞いに来たとはオイが初めてやったらしか。
退院してからはいっときおとなしゅーしとった氏やったとばってん、すぐまた勢いの戻ってきてね。
少しばってん酒も飲むごとなった。 千鳥足の氏ば港区の自宅まで送っていった事のあったけど、話で聞いとった通りの立派なビルの立っとった。
質素か室内にこれといって豪華な調度品とかは置かれてとらんやったとばってん、まさか自分の目で見るとは思いもせんやったもんのアチコチに転がっとってさね。
札束さ。
前、日本橋にある貨幣博物館で一億円の札束の塊ば持ったことのあったとけど、すくなくともそいと同程度の塊の4つ和室に置かれとったね。
「この金は何用ね?」
て聞いても何も答えてくれんやった。
「見せたいものがある」て連れていかれた高層ビルの乱立するエリアの一角に、バリ古か小さかビルのあった。 バブルのはじける少し前に、氏は手に入れようてかなり良い買い値ば持ち主に提案したとにもかかわらず、いくら頼んでも売ってくれんやった物件らしゅうてね。
そいが今、どうしてこがん風に残っとるとかていうと、持ち主のいくら売りたかて頑張ってみても、誰も買い手のつかん程度の価値しか残っとらんけんらしゅうてね。 ばってんが、二束三文でたたき売りする覚悟のあれば別の話であるとばってん。
最後に氏と会うたとは富士そばやった。 伊勢丹の紙袋に漬物の山んごと入っとって、聞けばまとめて買うけん安うせろて交渉した結果て言わしたとさ。 手渡されたべったら漬けの強烈な匂いば今でもよう覚えとる。
ある地方の和菓子屋に投資するていう話ば聞かされた後、彼は忽然と姿ば消したとさ。
前にオイは氏にこがん聞かれた事のあった。
ねえ、あんたは有名になりたいの? それとも金が欲しいの?
てね。