ラーメン屋への道
「ラーメン屋を開きたいんで知恵を貸してもらえませんか」
という連絡が入った。 なんでも豚骨醤油系を脱サラしてはじめるらしい。 ちなみに未経験なので、一から作り方を知りたいのだという。
連絡する前に、自分なりに自作してみたが、どうもしっくりこない味だとの事。 そこで、使用した材料と調理法をくまなく聞かせていただいた。
問題が山積みである。
ラーメン愛好家として自ら楽しむだけだとしても、この作り方では旨いラーメンなんて作れない。 だからまず、製法やジャンル云々の前に基本としての知識をある程度本でも読んで身につける必要があると伝えた。
ところが差し迫っておりおちおち調べる時間も無いのだという。
そこでまず、豚骨スープの取り方だけを教え、その出来栄えをレポートしてもらう事にした。 これができなければラーメン屋には絶対になれない。
2、3日して連絡があった。 豚骨を煮るには時間が足りないので、業務用の粉末スープを使用して三時間煮てみたという。 なかなかの味だったとも、言う。
言葉に詰まった。
その程度のラーメンを目指しているのなら、もうこちらから言う事は何もない。 おそらくスープの入手先に聞けば、製麺所のいくつかは教えてくれるだろうから、そういう風にして一度ラーメンを作ってみたら良い、とだけ伝えた。
自信が無いのだという…。
こちらは豚骨を使ってダシを取れ、と言ったところを自己判断で粉末スープを使ってしまうのだから何を言っても同じだと伝えた。 仮に今のやり方でオープンしても、流行らせるのは至難の業だという事も念を押した。
昨今のラーメン喰いで、そんな貧相なスープを喜ぶ人は皆無だからだ。
その後しぶしぶ豚骨でスープをとり、あまりの味の違いに愕然として自信がついたという。 今度は製麺セミナーを近くでやっているのでそれに参加したいという。 実は最低3店舗は店を持ちたいと思っているから不動産にも顔を出さなきゃならんという。
豚骨スープの美味しさに、つい先々へ気持ちが飛躍するのもわかるがまず目の前の一杯を完成させねば事ははじまらぬ、というラーメンの製法以前の…なんちゅうかこう、人生訓話みたいな話になってきてこちらも可笑しくなってきた。 私はあなたの父親ではない。
その後トッピングについて、麺のタイプについて、丼の温度について様々なやりとりをしたあげく「無化調でいきたい」と本人がいうのでそれはあなたの判断で結構だが、化学調味料を一切使わず客がまた行きたいと思うようなラーメンを作るには厳しい道が待っている、という事だけは伝えた。
理想と現実は違うのだ。
ほぼほぼラーメンが完成し、店はショッピングモール内のフードコートに出展するという連絡まであった後、ぷっつり連絡が途絶えた。 そして半年ほど経った頃、一通のメールが届いた。
いろいろ試行錯誤しましたが、なかなか難しそうなので、ラーメン屋への転身は断念しました。
と。 正直ホッとした。