バック!
他県から車で長崎に来た人からよく言われるのが「運転しにくい」という件だ。
田舎の道は狭い。 せっせと進んだら行き止まりだったとか、離合できないとか、そういう事がひんぱんに起こる。
運転しづらいのは地元民も同じだ。
先日、はじめて走る山道をハラハラしながら登っていた。 「これ道合ってんの?」と、ついナビの事すら疑ってしまうほど険しい細道である…脱輪したらアウトだなこりゃ…向こうから軽トラックが来た。
先方には離合ポイントがあったので、もちろん下がってこちらを通してくれるものだと思いきや、グングン突っ込んで目の前までやってきた。 乗っているのは70代の男性である。
こっちが下がろうにも曲がりくねった道でキケンだし、向こうには3メートル下がれば離合するための空き地がある。 どう考えても下がってくれなきゃおかしいのに、断固としてそれを拒んでくる男性。
ウインドウを開けて「こっち大変なんで下がってください」と伝えても「そっちが下がれ」の一本張り。 車を降りて抗議しに行こうかなとも考えたが、それも時間のムダである。 そこでガンバってはるか下の離合エリアまで下がる事にした。
でもこのまま折れるのも釈然としないから、男性に後を見てもらうようお願いした。 するとまさかの、車を降りてきて「オーライオーライ」と指示してくれるではないか!
自分が下がれば5秒で済む話を何を考えているのか、下がったら爆発でもする軽トラックなのだろうか。 さておき3分ほどかけて50メートルほど下がりに下がった。 男性はその後また道を歩いて登って行き、しばらくして軽トラックで降りてきた。 すれ違いざまに「ププ」とクラクションするのでこちらも「ピピ」と応答した。
ガンコていうかなんちゅうか……「この坂でバックをすると来世でノミになる」等何か言い伝えがあるのかもしれん。
トランスポーター
夕暮れ。 一車線の下り道を運転していたら、前から個人タクシーがやってきた。 こちらが離合したほうが楽みたいだったからそうしようとしたら「プッ」とタクシーのクラクションが鳴った。 見れば運転手はこちらに掌を見せ「まかせな!」とばかりにスルスル下がって通してくれた。 クランクをものの見事、レールにでも乗せた車のよう華麗にバックしていった。 まさにプロ・ドライヴァである。
バーック!
田んぼ道を運転していたら、前から軽トラックがやってきた。 どうしてだろう、運転していて軽トラを見ると額にじっとり汗がわく。
路肩がほぼ無い十字路続きの道はできればバックを避けたいもの。 どうしてこんな細道に入ってきたのかというと、我らヒミツのメダカ採集ポイントがあるからである。
軽トラの50代菅原文太似の運転手と目があった。 ノドがごくりと鳴る。 次の瞬間、彼は破顔するやいなや、何十メートルも、おそらく時速40キロほどで、あれよと言う間にバックしてゆき点となった。 なんであそこまで下がってくれたのだろうか。
私は向こうまで行く必要がない。 たぶんクラクションも聞こえないキョリだろう。 軽トラから降りて何かをする様子もなくただずっと、前をこちらに向けたまま止まりつくす白い車体。 ヘッドライトでチカチカ二回サインを送ると、氏は窓から手を出しそれに応えた。