魔法の手
となりに座る品のよい、たぶん80すぎのおじいさんは、携えた大きな紙袋へおもむろに手を伸ばした。
取り出したのはマジックハンドだった。
マジックハンドといえば黒髪メガネの人物が思い浮かぶがまさかこんなに素敵な老人が持つなんてなんちゅうミスマッチ。 しかしどうしてまたマジックハンドなんて。
島地勝彦のエッセイに夢中だったのに、突如現れたマジックハンドが気になってしょうがない。 おじいさんが何をするのかじっと見ていたいが、そうもできないので本を読むふりをしながら横目で見守るしかない。
次に老人は足元に目を落とし、純白のニューバランス996を片方、マジックハンドを操り脱いだ。 そしてそのままマジックハンドでそれをつかみあげた。 なるほど!そのためのマジックハンドだったんだ。 で?
つかみあげた996を手に取り、ためつすがめつ、ヒモの結び目を気にしている様子。 しっかり丁寧に結びなおしてから996を転がすようにおろし、マジックハンドを靴べらがわりに履きなおした。 続いてもう片方も同じように履きなおした・・・。
マジックハンドの存在自体がおふざけだと思っていたが、こうして実用される方もいるのだということをまのあたりにした。