ブラシは何処へ
都内に滞在中、八重洲にあるいつものホテルに連泊した。
その日も外で食事をし、ほろ酔い加減でホテルに戻った。 さてシャワーでも浴びてスカッと寝るかとバルスームへ向かえば、マイ洗面具一色が見当たらない。
今朝出る前にいつもの場所に整理しておいたにも関わらずである。
即フロントに向かいその旨を伝えたら、「二分お待ちください」とフロントの男性は即答した。
そして三分が経過した頃、彼は使い古されたのコンビニのビニール袋を提げて戻ってきた。
「これですか?」
中身を確認すると、洗顔料と歯ブラシが入っており、まさにこれ。 これではあるが、どうしてそんな汚いビニール袋に入れた状態で持ってきたのかという件と、どうして私の問いに二分待てと即答したのか、そしてこれはつまり処分されていたものをゴミ箱から漁ってきて私に差し出しているのではなかろうかという件を追及したが答えきれずにいる。
それだけならまだ良い。
私がバスルームで愛用している妻から貰った髪をとかすと頭皮が気持ち良いブラシがないではないか。 あと歯磨き粉と髭剃りも。
そう言うと、また奥に引っ込んだフロントは、今度は紙袋を提げて戻ってきた。
「これですか?」と。
中身を確認すると、そこにブラシがあった。 あるにはあったもののマイブラシはヘッドだけの無残な姿となって帰ってきた。
柄のほかパーツの大部分が無い事を伝えると「え」ときょとんとした顔をしているフロント。
さすがに頭に来て「あなたはこの毛だけになったブラシを持ってきて返品完了だと思っているのか?」と聞けばそう思っていると言う。
「このブラシが毛だけの状態になっている事は理解できないのか?」と聞けば、そういうブラシだと思った、と言ってきた。
ここで完全に私は怒ったのだった。
「おたくじゃ話にならないので、支配人を呼びなさい」と伝えたら出張中で明日には戻るという事だった。 あいにくこの先も何泊かする予定だったので、翌朝話をする事になった。 嗚呼大いなるムダ時間よ。
翌朝、支配人と昨夜のフロントと話をした。
つまり我が洗面具は処分されていたのだ。 室内には大きなスーツケース他備品や衣類でであふれているのに、なぜ清掃担当者は洗面具だけを捨ててしまったのか。
ミスは誰にでもあるし、私が問題にしているのはそこではなかった。
一番腹立たしいのは、フロントの彼が、無残な毛だけになったブラシをそんなフラシなのだと思った、と本心で思っている事だった。
彼はたぶん三十代であろう。 分別がつくハズの大人が、このブラシを見て完品だと解釈するその判断こそが、かなり危険であるという事を力説したのだった。
もちろんブラシは弁償してもらう。 妻に画像となんというメーカーのものなのかをメールしてもらいそれを支配人に見せた。 歯ブラシその他も全て請求しようと考えていたが、なんだかバカらしくなってきてブラシだけを保証してもらう事に。
ブラシの手配と発送は、私がチェックアウトしてからになるというから了承した。
後日帰郷して、運送会社から電話があった。
あ、オイさんですか?
今荷物を届けにあがってるんですが、そんな人いないと言われてるんですよ。
は? 念のために配達先の住所を聞けば、聞いたこともないような町名と番地だった。
なので本来の住所を伝え、中一日でようやく替えのブラシは手元に届いた。 支配人手書きの手紙と共に。
いくら手書きの手紙を添えようが何をしようが、お客の大切な品を捨てておきながらそれの保証手続きをとり、ホテルであるから当然私の住所も知っているハズなのに、間違った所へ私宛の荷物を送るという失態そしてその管理体制のあまりにもの甘さ。
こういう凡ミスこそが今回の事態を招いたのである。
一応ブラシ到着の連絡と、間違った場所へお宅らは送ったという事実を電話した。
当然平謝りだったが、もはやこんなホテル切り捨てるしかない。
気になる方は連絡してくれたらどこのホテルかお教えしよう。 危なくって眠れたものじゃないと思う。