焼肉の作法
焼肉の進行は酒を飲む人とそうでない人で異なる。
呑む人間は、網の上へ肉を乗せる際、グラスの一杯そのひと呑みにつまめる分量だけを乗せて焼く。 最高の焼き加減で至福の一杯を楽しみたいからだ。
呑まない人は、ダァーと肉を網上へ広げれるだけ広げて焼けるはなからパクついてゆく。
なので両者が一緒に肉を食べると、ペースが合わずにお互いヤキモキする事となる。
中には大酒呑みの大食漢というのもいるがそれは例外としなければならない。
昨日、一滴も酒を飲まない人と二人で肉を食べに行った。
丁寧に私の分まで焼いてくれようとするので上のように説明をし、各々違うペースで肉を楽しむ事にした。
まだ一枚目の網替えもしない頃、となりの席に若いカップルが入ってきた。
どうやらこの店に随分通っているらしく、品書きも見ずにテキパキ肉を選んでゆき、コーラを二杯注文した。
飲まない方々なのだ。
カップルの元へ次々と肉が運ばれてきた。 もうテーブルに皿を置く場所がないほど運ばれてきた。
「やはり若者は違うね」
と、傍目で目を丸くしながらボチボチ食べていた我らであったが、やがて彼らの豪快な肉の焼きっぷりに釘付けとなってしまったのだった。
男子がとにかくテキパキ肉を焼き、各々の皿に乗せる。 二人でモグモグ食べてはコーラのおかわりを注文し、また肉をたっぷり広げてモウモウと焼く。
そのペースの早さに呑むのも忘れて見つめてしまったのだったが、視線に気づいた男子は「あ、どうもっす、この白ホルモン美味しいですよ」と勧めてくれさえしたのだった。
私はフと池波正太郎の『男の作法』を思い出した。
「てんぷら屋に行くときは腹をすかして行って、親の敵にでも会ったように揚げるそばからかぶりつくようにして食べなきゃ」
というくだりをである。
もしかすると私の「焼肉の作法」は間違っているのではなかろうか。
とっさに目の前のハラミを、ありったけ網の上に広げてジャンジャン焼いてみた。
そして焼酎を一口飲んでから、三枚連続で口に運び、酒で流しこんでみた。
すると油が食道の壁面に冷やされた事によって固まりヘバりつく感覚を覚えた。
そして何事もなかったかのように、元の一枚ずつチビリチビリ焼くという往年のスタイルに落ち着いたのだった。
カップルは結局半時間ほどの滞在でたらふく肉を食べて颯爽と去っていった。
テーブルにはまだテンで焼き足りないように赤々といきり立つ備長炭の焔だけが残っていた。