ピュロロロロ~
とある料理屋さんの主人は、利き酒師だ。
「かっこいいですよね、オイもいつかはなりたいです」といえば、「利き酒師には誰でもなれるよ、ただ、本当に酒の味がわかる人間にならないとね。 私は今でも修行の最中」という返事だった。 どんな業界にでも当てはまる話だと思った。
ひと段落した主人は、この度はじめて入手した銘柄の一升瓶を取り出して封を開け、味見をはじめた。 オイは飲みながら、その様子をじっと眺めていた。
よくある利き酒用の2重丸が入った猪口を使うのではなく、薄く透明なショットグラスを用いている。
グラスに酒を注ぎ、鼻に近づけ香りをかぐ。 グラスをテーブルに置き、少しグラスをゆすってからまた鼻に近づけ、かぐ。 一口なめるように口をつけた瞬間、まるで口笛するときのように口をすぼめて「ピュロロロロ~」という、笛をゆっくりと吹いたときのような音をたて、「ニッ」と笑うように口角をあげて口を閉じた。 それから深く深呼吸をし、目を閉じてウンウンウンと小刻みに31回首をふった。
「あのー、ピュロローってのは、何なんですか?」
と聞いてみたら、あれは酒を舌の上で転がしている音なのだとか。 へぇー液体が転がるもんなんですね。 「酒を口に含み、転がし、飲み込み、鼻から息を抜くのです」と主人。
なかなか良い酒だということだったので、一杯もらうことにした。 飲みながら、主人の動きを見守る。
主人が一度口につけたハズなのに、ショットグラスの中の酒はほとんど減っていない。 ホント、舐める程度した口に含まなかったのだろう。 それでいて酒を味わえるのだからすごい。
またグラスを回している。 そして嗅ぐ。 今度は口をつけずに、照明にグラスをかざしている。 ちょうどグラスの底を眺めるように。 そしてテーブルにグラスを置いて、ゆする。 鼻に近づけ、ゆすり、嗅いで・・・、照明にグラスをかざす。 次に傍らの一升瓶に目をやり、つかみあげ、ラベルを眺めて、またグラスを見て、またラベルを見てから「・・・酸」とつぶやいた。 一升瓶を置き、嗅いで・・・グラスをゆすり・・・
「呑んでよ!(心の声)」
主人の行動にあまりにも変化がないためにしばらく他の場所へ目をやり呑み、そろそろいいかなと主人を見ると、まーだグラスの底を眺めている。
グラスで酒を呑むならば、ガスッと一気に飲まねば味がわからんというか気がすまない。 来世では、少量の酒を少しずつ味わい、それでいて満足できる体に生まれたい。