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2018/09/17 雑記

ムカデ

ムカデの生命力の強さ

※タイトル通りのちょっと苦手な方にはキツい内容を含みます、閲覧ご注意を。

命に対する概念がプチ転換したのは9歳の夏休みだった。

朝食を食べる前、日課のセミ採りへ公園へ出かけたら、空き缶を片手に木に張り付いている老人を見た。

顔を見ると魚屋の隠居である。

この人は酔っ払ってどぶ川に落ちたり、車にしょっちゅうはねられたり、民家の壁を壊したりと事件に事欠かぬ人物であるから何をしでかしても不思議ではない。 もっとも私は通学路でしょっちゅう顔を合わせるのでわりと仲がよく、彼の焼くうなぎの蒲焼きの匂いにつられて学校に行くのを止めようと思ったことが何度もあった。

さて。

彼の居る木は私のお気に入りの木である。 のぼるのに都合よい枝振りで、良い感じにウロもあいて樹液も豊富で、昆虫採集にはこの上ない公園一の好猟場の木だ。

どいてもらわないと日課をこなせないから「おはよっス、何してんスカ」と聞けば、ギョロリとした目をこちらに落として「毛虫を採ってるのさ」と返ってきた。 その理由は何だと思うか、一度読むのを止めて、少し考えていただきたい。 魚屋のオヤジが、早朝から公園で毛虫を採っているのだ。

様子を観察していると、木に目を凝らしては、かすかに動く、サボテンみたいに短い毛のぎっしり生えた小さく細い毛虫をやさしくピンセットでつまんでは、デミグラスソースの空き缶へと採集している。

これまでさんざんこの木で虫をつかまえたが、こんな毛虫に気づいたことなんて一度もなかった。 それくらい目立たぬ地味な毛虫である。 まさに採集目的でないと見つける事のできないタイプの生態を、この老人は一心不乱に採集しているのだ。

もはやこの日の日課はどうでもよくなり彼の行く末を見守る事にした。

毛虫を集めている理由は「食べるため」らしい。 さすがにウソかと何度か聞き返したが真顔でそう答える上、この人が毛虫を有難がって食べていたとしてもたいして不思議ではない雰囲気を私は子供ながらに感じ取っていたので「あそうスか」と答えるだけにした。

順調に毛虫を集め進んでいる中、これまでずっと無言だったにも関わらず、爺さんが「ギョッ」と声を上げた。 もう随分上までのぼっている。

私に場所を空けるよう合図してきたので木から引けば、その瞬間「ドサッ」と何かを落としてきた。

間を置かず爺さんはスルスル降りてきた。 彼が落としたものは、かなり大型のムカデだった。

これまでに見たどのムカデよりも太く、長いムカデ。 思わず全身の産毛が逆立ってうなじが寒くなった。 たぶん爺さんに捕獲されている毛虫もこんな気持ちになっているのかと思うとなんか妙な気分になった。

降りてきた爺さんは走り逃げるムカデの後を追い、毛虫の入った空き缶の底で、ためらいもなくムカデの胴を潰した。

大事に集めている毛虫の天敵であるらしく、このムカデもまた、狙いは爺さんと同じ毛虫なのだった。

つぶされたムカデは、スムーズな動きこそ衰えたもののまだピンピンしている。 触角を振り上げては、どこか逃げる場所はないかとキョロキョロ首を動かしている。

爺さんはその首元を、ピンセットでつまんだかと思ったら、クイとひねって首を落とした。

このあとかなりショッキングな光景を私は観る事になる。 今回のエントリは、ここからが本筋である。

落ちた首は、そんな事なぞまったく関係のないようにせわしく動き続けている。 元々胴体なんてなかったかのような振る舞いに、「なんでまだ生きているんだろう」という疑問すら薄れてきた。

胴体はというと、まず胴を缶で潰され頭を落とされているにも関わらず、首の根元が頭の代わりを果たしているような動きを見せた。

つまり元、頭のついていた部分が先頭となり、逃げ場所を探して猛進しているのだ。 時折枝につまづいては、頭(のあった先端)をその下に潜り込ませ、身を潜めようと努力している。

頭なんてまったく必要がないようなスムーズな身のこなしに、「頭を大切にしろ」とこれまで祖母に散々言われ続けてきた事の意義が揺らいでしまう。

落とされた首は相変わらず動きつづけている。

枝の下という良い避難場所を見つけたムカデは一安心かと思えばそうでなく、爺さんは無情にも枝をのけてその先端部をまた缶で潰した。

もちろんこの壮絶なドラマはここで幕切れになると思うに決まっている。

だが、ムカデは驚きの行動を見せたのだ。

有能な、かの先端を潰されてしまったムカデはしばらく動きを止めた後、なんと今度は尾を先にして歩きはじめた。

ヨロヨロしながらも、まるで先ほどまで頭(のあった先端)が果たしていた役割を尾の先端が、立派に果たしているのだ。

本来つまりこれは後退している事になるハズだが、ムカデはそもそもこの尾が頭であったかのように、前へ前へと頭(尾)を振りながら、進み始めた。

私はもうワケがわからなくなっていた。

今この汗は、暑いからかいているのではない。 恐ろしい光景を目にしているからかいているのだ(そして今こうして書いている私も、思い出して背筋が寒くなっている)。

命とは一体、生きるとは一体どういう事なのだろうか。

その日以来、公園での採取はやめた。

「魚屋の爺さんが公園で食べる為に毛虫を採っていたよ」

と家に帰って親に話すつもりでいたが、もはやそんなのはどうでもよかった。

後になり、あの日の話を爺さんとゆっくりしてみたいなと思ったが、ある日彼は忽然と姿を消した。

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