剃髭
バスに揺られて五時間かけて、九州某地へ遠征に向かった。 子供の付添いである。
そもそもバスに乗る事自体が久しぶり、しかも長旅とくればやれネックピローだの、文庫本だの、ヒマつぶしの用意に事欠かない。
しかし普段よりも高い視点からの眺めは良いものである、遠く有明海が眩しい。
と、景色を堪能していた所でフと運転手に目が向いた。 どこかで見た事ある人のような・・・名札がついているなあ。 あ!
その運転手は昔、よく通ったバーの店員さんであった。 当時は閉店後に皆でワーっと飲みに行ったりしていたものだ。 その彼が今ドライバーだなんて。
一度ホストクラブで大変な事があった。
彼を含めて男女十数人で店に向かい、ドンチャン騒ぎをしていた時の事。 彼は店に入る前から相当デキアガっていた。 そこへホスト達が巧みにおかわりを促したり「え、一気飲みっすカ! イーですよ俺もやっちゃいますよ~」という意味不明な煽りが生まれ、
5杯ぐらいビールを飲んだ所だった。
現ドライバーの彼は盛大にその、なんちゅうかこう口からピーッを、あたりに降り散らかしてしまったのだ。 どうして彼があの時立ち上がっていたのかは不明だ。 ただ、笑っていた彼の顔が岩のように強張り、悲劇が起こる様を隣でまざまざ見上げていたのはよく覚えている。
幸運にも人の多さに対し被害者は少なく、だが店は汚してしまったので皆でせっせと掃除をしたという遠い青春の記憶。
もはや当人も覚えてはいまい。
サービスエリアに入ったところで、ちょっと声をかけてみようかとも思ったが止めておいた。 私たちは今、まさに青春を謳歌している子供達をサポートするために、偶然居合わせただけなのだから。