伏見の一位
名古屋に行った。
楽しみは無論夜。 友人に各ジャンルの良店を知るのがおり、名古屋の夜はすべて彼にまかせている。 凄いのは、ウェブや雑誌の情報を一切頼りにしておらず、自らの足と舌で確かめ納得した店だけを教えてくれるところ。
が、なんと今回初めてハズレの店に連れていかれた。 店構えだけはコじゃれた佇まいだが酒、料理、サービス・・・どれもが人に勧められるようなものではないというありがちな店だった。
参ったのは当の友人で「記憶違いだったのかなー、こんな筈じゃ・・・」と入店して10分しか経っていないのに飲むどころではなく頭を抱えている。
「結婚してちょっとニブったとか?」
と突いてみたら、「そうかも・・・」と本人納得。 独身時代は毎晩のように飲み歩いていたのが奥さんの管理により週末だけになっているらしい。 そりゃ仕方ない。
でも彼はこれで終わらなかった。
「ちょっと待って」と席を立ち、むこうでゴニョゴニョ電話している。 ゆっくり何度もうなづきながら戻ってきた彼は、開口一番「次行こう次!」と目を仁王像のようにむいた。
店に入って15分で出るのは人生初でなかろうか? さっきまで柿色をしていた友人の顔は、今やトマトになっている。 「伏見お願いしやす!」とタクシーに乗った先は、噂に聞いた「一位」だった。
なんで最初からここに連れてこないのかと聞けば、「あまりにもベタすぎるからだ!」との事。
戸を開くとほぼ満席状態ガヤガヤ、店のネエさんが歩いてきて「いらっしゃい、こっちこっち!」我らをイヤミのないタメ口で促す。
切り株的なドッシリした椅子は座り心地がよく、カウンターの高さと絶妙に合っている。 この辺をないがしろにしている店も多いが、客は意外に「椅子対カウンター」のバランスを気にしているものである。
厨房では二人のアニキがせわしく調理中。 中華鍋もあれば炭火も置かれ、蔵元Tシャツには汗がにじむ。 見上げると本日のオススメが手書きされており、旨そうな文字がビッシリ並んでいる。 広間では4人のネエさんがあちこちから挙がる注文をさばいている。
日本酒が旨い。
愛知の銘柄、各地の銘酒が飲める。 「さっきの店は一体何だったんだろう?」とそれすら肴に、自信回復した友人と楽しい酒を酌み交わしていると、ポニーテールのネエさんがふいに「食べる?」とこちらに何かを向けたので、見ればむいた蜜柑だった。
飲んでいる客に対して今自分が食べている蜜柑を食べるか?と聞いてくるこの近さは一体どこから来るものなのだろうか。 とっさのことだったのでつい「あ、食べます」と答えてしまったが、口に入れた時のこの甘さ。 なんちゅう店なのだ一体。
見ていればそのネエさんはアチコチの客に対して同じような近さで接しており、客の誰もがそれに違和感を感じないどころか、常連さんなぞは額をパチリ、なんてやられていたりする。 カラーである。
カウンターには大鉢に惣菜がならんでいて、片端からつまんでみたが、そのどれもがちゃんとした味のする番菜で、呑まずにいれるかというわけで。 しかも料理は5品注文したからといって、それを出来上がった順にホイポイ並べてスカしているような店でなく、厨房内からさりげなく見ているのだろう、ちょうど食べ終わるごとに次の皿が出てくるのだ!
デニムにメガネのおじさんが入ってきた。 あちこちの客に愛想を振りまきながらまるで花道を歩むスターのようにして座したのはここの店主だった。
友人は10年来の常連だとかで親しく会話をし、オイを紹介してくれた。 「へぇ、長崎ね。 ハウステンボスだね。 15年ぐらい前あの中にあったナントカという社長と一緒にさあ・・・」としばしそのネタで盛り上がる。
猪口が空いたので今度は焼酎にしようとメニューを持てば、
「ウチの店ね、ほんとは焼酎置くつもりなかったんだけど、そのキッカケになったの飲んでみる?」
と言われたのでもちろんお願いすれば出てきたのが二十三座四十八池のストレート。 旨いに決まってる。
今頃気づけば、この店のメニューにはどこにも値段が無い。 二人でやり放題だったから、さぞ会計もかさんだかと思いきや、全然安い。 そもそも飲んだ銘柄からしてこの値段は無い。
まぎれもない一位ですぜここ。
※一位の酢さばを作りました(20140701追記)。