小川ハタ店
海をボーっと眺めていたら上からサギが降りてきて、一直線に海中へ沈んでいった。 と思えばすぐに浮かびあがり、
羽を重たくバタつかせながら上空に戻っていく。 口には銀色に輝く小魚がくわえられていて、狩の成功がよほど嬉しかったのだろう、舞い上がっている様子でどこまでも飛んでゆきたい勢いだった。
小さくなったところで「ブルブルブル」と三度体を揺らして水気を切ったが、その仕草がダンスのウェーブみたいで可笑しかった。 でも次の瞬間魚は海面めがけて落っこちて行った。
すぐ追うも間に合うハズなく魚は海中に消えた。 そのまま海の中まで追うのだろうと思えば、そこはキビスを返して大空高く羽ばたいて行ったのだった。 その後ろ姿に、悔しさはみじんも感じられなかった。
と、空を仰いでいたら、無性にハタを揚げたくなった。 ハタとはつまり凧の事で、長崎の伝統的工芸品のひとつである。
ハタといえば長崎の老舗、風頭にある小川ハタ店である。
しばらくぶりに店を覗くと、何年経ってもまったく容姿の変わらぬ店主、小川暁博氏が出迎えてくれた。 ハタ揚げは経験済みであるものの、ハタ店に入るのは初めての息子たちは、店内に吊るされているハタを見上げては綺麗、凄いと興奮している。 好きな図柄をいくつか選ばせ、買って帰ることにした。
小川氏は各地でハタ揚げ講座を開いているので子供の扱いには慣れたもの。 「なんか聞きたいことない?」とこちらに尋ね、いざ質問すれば即答してくれる。 矢継ぎ早に疑問をぶつける息子は、ハタの魅力にどっぷり浸り、店を出てすぐの風頭公園で、腹いっぱいハタ揚げを楽しんだ。 もちろん揚げるには多少のコツが必要だが、風さえあれば、だれでもすぐに揚げれるようになる。
何度か失敗を繰り返すと、美しいハタの紋様は汚れてしまう。 でもだからこそ愛着が湧いてくるもの。 海ばかりが注目されがちの長崎であるが、空だって負けちゃいない。 長崎の伝統文化を文字通り、肌で感じ取った息子たちだった。
※小川氏が竹を削る際に用いる小刀があまりにも美しく丹念に研ぎ澄まされていたので思わず見とれてしまった。 帰宅してから即包丁を全部研ぎ直した。