オカン
婆ちゃんのいる田舎に「オカン」という犬が住んでいる。 白犬で、昔っから姿が変わらないのでかなり歳がいっていると思う。 白い毛に映える、赤い首輪をつけているが、飼い主がいるわけではない。 オカンという名がどこからきたのかを誰もしらない。 今日は山田さんが散歩をさせ、エサは佐藤さんが与えるといった具合に、近所中で世話をしている。
人見知りする犬であり「オカン、オハヨ!」と声をかけても、首をひそめて上目遣いに後ずさりする。
ある日、縁側で昼寝をしていると、只事ではない犬の鳴き声が聞こえてきた。 だんだんこっちに近づいてきている。 「グゥアルルル・・・オウオウッ!オウッオウッ、ギャハー!」と、狂気じみている。
とっさに起き上がり、声のするほうを見ると、走っているのはオカンだった。 オカンがこんなに早く走れるなんて知らなかった。 一体何をそんなに急いでいるのだろうと思いきや、猫を追い回しているところだった。
前方遥か先を行く猫。 それを必死に追いかけている、ようには見えないがたぶん声からしてありったけの力を振り絞って走っているオカン。
声をかければ後ずさり、犬に会えば視線を逸らしながら気を消して通り過ぎるのを待つオカンの、意外な一面を見た。 「婆ちゃん、今日のオカンは一味違うばい」と現状を報告したところ、オカンはたまにそうなる日があるのだとか。
本人は、猫とたわむれたい一心なのだが、コミュニケーションがヘタなものだからこのような事態になってしまう。 悪気はないハズだと婆ちゃん。 オカンは不器用な女なのだ。
猫にとっては恐ろしかろう。 自分の体の倍はあろうかという動物が、一心不乱に突進してくるのだから。 そりゃ逃げる。
これは数年前に、オカンの勇姿を撮影したもの。 たまりにたまった写真を整理していたらたまたま出てきた。 少しモノクロ処理したほうがオカンも喜ぶと思ったので、そうした。