これってあの映画まんまじゃん
目をつけていたモツ焼き屋さんに入る事ができた。 あいにくカウンターが一席空いていた幸運に乾杯!
初めての店なのでメニューを隅々眺めてみる。 どれも魅力的でしばし考え込んでしまう。 こういう時は、おとなりさんのオーダーをチラ見してみると良い。
そしてそれを指差して店員に伝えて、同じものをまずは食べてみる事にする。
隣に座るごく普通のサラリーマンが熱心にしゃぶっていたのはどうやら豚のシッポだったらしい。
酒はまず、熱燗を注文した。 いざシッポにかじりつこうと、サラリーマンの目の前に置かれている七味を取ろうと「失礼します」と断りを入れたら「初めてですかこの店」と聞かれた。
「ハイそうです、なんか良い店ですねコチラ」と答えたら、なんでも氏はもう何十年もここに通っているそうで。 「こういう肉系のお店で酒にもこだわっている所って貴重ですよね」と言えば氏は大きく目を見開き「その通り!」と大きく三度うなずいた。
その顔があまりにも香川照之に似ていて一瞬本人ではないかと思ったほどだった。
「お酒は好きなんです?」と氏。 「もちろん」と私。 「お酒をすごーく好き?」と氏。 「大好きです」と私。
すると氏は店員を呼ぶやいなや、耳元でゴニョゴニョと小声で何かを伝えた。 間を置かず運ばれてきたのは、誰もが知る超有名レア銘柄の一升瓶だった。 「あれ、こんなのメニューにありましたっけ?」と聞けば、個人的に置かせてもらっている酒らしい。 この店の冷蔵庫を半ば私物化しているあたり、言葉通りの超常連なのだろう。
「せっかくなので一杯どうです」と氏。
シッポにカブりついている最中だったが思わず「イイんですか!」と頂戴する気満々でいる。
ワイングラスに注がれた希少酒を、氏はグラスを回転させて薫りを楽しんだ後、クイと口に含んで目を閉じて一人の世界に没入した。 そりゃそうだろう酒が酒である。
続いてグラスを差し出されたので有難く飲ませていただいた。 味の説明など要らない、どこにも角ばった所のない、水のように清らかな酒である。
「このタイプは初めてです、良い経験させていただきました、ありがとうございます」と深く礼を述べて、今度は本格的に肉を楽しんでいこうと腕まくりをしたところで、
「まだあるんですよ」とまた別の一升瓶を店員に持ってこさせたのだった。
都合三回、同じようにレア酒を「飲みな飲みな」と勧めていただいて、二十回ほど礼を言った所で氏はこうつぶやいた。
「私も若い頃、沢山年長者に御馳走されてきたので、今度は私がそれをしてあげる番が来たというだけです」
と。 リアル・ペイ・フォワードやん。
名刺交換を求められたので応じたら、なんとその筋の人であったのに驚いた。 人は見かけによらないというのは事実である。
だからこの街が大好きなのだ。