前と後

朝から物騒な声が聞こえてきた。 ついに次女も、ここを通る日が来たのだ。
「今何時?」
世界共通の時間という概念が、まだ構築されていないヒトにとって文字盤を見るのは苦痛である。 1分は60秒。 1時間は60分だというルールを初めて聞かされた子供は、目を白黒させてしまうのだ。
先の三人の子供たちも、まずこの問題が大きな壁となった。 学校の教え方も授業参観で眺めてきたが、その言い方だとちょっと伝わりにくいかなという感想。 そこで家へ帰り、時計の読み方個人レッスンが始まる。
母:「今何時?」
子:「・・・10分」
母:「10分は長い針の所ね。 じゃあ短い針は今どこを指している?」
子:「・・・5分」
母:「ンガァー!」
この調子である。 でも、一週間も勉強したら、おおよその概念がつかめて難なく時間を知るようになるのはちょうど、自転車の練習とよく似ている。 あの乗り物も体が覚えるまでは「タイヤ2つしか付いてないし倒れないのがおかしい」という脳内思考のほうが勝ってしまうものだ。
長女に教えていた時なるほどーと思わせられたのが、
「30分前って、針を進めるんだっけ戻すんだっけ?」
というつぶやきだった。
たしかに「前」というと「先」だと実生活では考えられるがこと時間では「後」を指す。 そして漠然と「10分後」を思えば、未来の事だと思えなくなってきて、娘と二人で「時間って・・・」としばし哲学的考察をドーナツかじりながら巡らしたものだった。
たぶん時計の読み方についてこれほど深く考えることはこれでもう最後なのかもしれない。 子供達がいてくれたからこそ、知る事ができた事が数えきれないほどある。