筒井康隆 『アホの壁』
ええがな
ある結婚式に出席した時のこと。 控室にいると、別の結婚式の親族がいる向かいの控室から、興奮した年配の女性の声が聞こえてきた。 サスペンダーを忘れてきた男性に向かって、代わりにベルトを締めるように言っているらしい。
「そうやがな、ベルト締めたらええがな。 サスペンダー忘れてきたんやったら、ベルト締めたらええがな。 そのベルトでええがな。 ええベルトやがな。 そうやがな。 ベルト締めたらええがな。 そのベルトでええがな。 そのベルト締めたらええがな。 そのベルト締めんかいな。 そやがな。 サスペンダーないねんさかい、ベルト締めなあかんがな。 そのベルトええベルトやがな。 それ締めたらええねん。 そやろ。 ベルト締めんかいな。」
声高にえんえんとやるのだが、誰もうるさいとは言わない。 結婚式でもあることだし、恐らくこの女性は結婚式だというので興奮しているのだろうが、そんな時でなくてもある程度はこうなのだろうから、みな慣れてしまっていて何も言わないのだろう。
筒井康隆 『アホの壁』より引用
品格
ベストセラー『国家の品格』を真似た『品格もの』の大量発生にはただ驚くしかない。 『国家の品格』を越す三百万部を突破させた『女性の品格』は、柳の下の二匹目の泥鰌が一匹目よりも大きかった好例だが、そのあとに出た品格本は四年間で百数十冊を数えた。 ここまでくると思考停止も甚だしく、もはやアホの行為と言って差支えなかろう。
『離婚の品格』 『遊びの品格』 『男の品格』 『猫の品格』 『教師の品格』 『会社員の品格』 『校長の品格』 『薄毛の品格』 『名将の品格』 『横綱の品格』 『プロ野球の品格』 『母の品格』 『学生の品格』 『聖書の品格』 『官の品格』 『地方の品格』 『弁護士の「品格」』 『文章の品格』 『杖の品格』 『名古屋の品格』 『下着の品格』 『夫婦の品格』 『女の子の品格』 『男の子の品格』 『英語の品格』 『家づくりの品格』 『親バカの品格』 『エースの品格』 『韓国の品格』 『銀行の品格』 『飲んべえの品格』 『女体の品格』 『老いの品格』 『老舗の品格』 『後継者の品格』 『親の品格』 『自分の品格』 『病院の品格』 『朝めしの品格』 『県民の品格』 『腐女子の品格』 『父親の品格』 『恋の品格』 『花嫁の品格』 『会社の品格』 『月イチゴルフの品格』 『教育の品格』 『子どもの品格』 これで約三分の一。 品格もへったくれもあったものではない。
筒井康隆 『アホの壁』より引用