懇親会というか拷問
「上質なイノシシ肉が手に入ったのでとりにこい」という電話があった。
作物を荒らすイノシシがどうのこうの…で、猟師が仕留めたものらしい。 以前にもしし肉をいただいたことがあったが、シシ肉は旨い。 脂がしつこくなく、肉は柔らかく、なんちゃって牡丹鍋を作ると非常によかった。 即、イノシシをもらいに行く。
「ほー。 こんなに沢山もらっていいのでしょうか?」
用意されていた猪肉は一頭分丸ごとなのでは?というほどの量で、うれしさ半分、どうやって食べきれというんだという困惑半分という具合だった。 でも食べきれない分は冷凍すればいいし、そう深く考えることでもない。 くれるものは、もらわなければ損である。 しかし、世の中そうオイシイ話ばかりではない。
「シシ肉をあげる。 でもそのかわりといってはなんなんだけど、運動会の練習手伝ってくんない?」
という交換条件が提示されたのだ。
来週、この田舎町で運動会があるという。 町内の運動会なのだが、町民は皆はりきっており、一年の行事でも特にこの運動会を楽しみにしているらしい。 「山田さん家の嫁さんには負けられんばい」とか「去年の雪辱をリベンジしてノックダウンさせてやるっちゃ」とか「雅治のヤツ、馬場チョップばくらわせてやる」とかいう、なんとも小規模な個人間のいがみ合いというかライバル心がほとばしっているらしい。 とにかく町内の大事な行事なのだ。
町内運動会は来週に控えており、毎晩予行練習を行っているという。 予行練習までやるのだ。 気合が入っているのだ。 その予行練習では、本番さながら、ムカデ競争やら玉入れやらをやるそうで、それに際し道具を出し入れするいわば「道具係」が必須なのだとか。 率直にいうと、その道具係をオイにやれということらしいというのは、話を2割聞いただけでわかった。
簡単な話である。 そのくらい引き受けましょう。 指示されたとおりに、イソイソと道具を出し入れすること2時間、任務は無事終了した。
「いやいやホント助かったよ、オイくん。 さあ、予行練習も終わったし、懇親会だっちゃ」
どちらかというと、皆さんは予行練習の後の飲み会を楽しみにしていたらしく、早くビールを飲みたいがために目は血走り、浮き足立っている。 オイに猪肉をくれた本人は町内のまとめ役らしく、自分の家に皆を案内する。 「家内がビールをギンギンに冷やしているもんでよ、家に来い」
猪肉もらって、道具を少し運んであげたらビールにありつけるなんて幸せ。 汗ダクだしあいにく喉はカラカラだ。 しかし10月だというのになんでこんなに暑いのか? いやそんなことはどうだってよろしい、とにかくギンギンに冷えたビールを何杯か一気飲みしないと話にならない、軽トラの荷台に乗り、シシ肉氏の家へ向かう。
玄関はすでに開放されており、奥さんがビールとともに待ち構えている。 玄関に入るやいなや、キンキンのビールを一本づつ手渡される、ハズだったが…。 あれ? これってヌルイよね??
奥さんが満面の笑みで手渡してくれる500mlの缶ビールは、冷えすぎというぐらい冷えているハズというかそうでなければならない。 皆汗をかいているんだ。 しかし、その缶ビールはヌルヌルもヌルヌルであった。 もうね、受け取った瞬間にぬるいと分かった。 周りを見回すが、皆さん「うわ、このビールぬるいよね」とかそういう声は聞こえてこない。 オイのビールだけがぬるいのか、いや、そういうわけはない。 ビールには、水滴ひとつついていない。 やはり、皆のビールもぬるいに違いないのだ。
並列に並べられた長テーブルには、奥さん手作りの美味しそうなつまみが用意されている。 だのにビールはぬるい。 しかも室内がやけに暑い。 エアコンが入っていない。 マジか。 適当なところに腰をおろし、とりあえずぬるいなりにも早くビールを一口飲みたいという衝動にかられる。 もしかすると以外に冷えているのかもしれないし。 挨拶なんかイーから早く乾杯をしろ、なんて考えてたら、やはり皆同じ意見だった。 「もーよかよか、とりあえず、ビールば飲もーでかープシュッ」
やはりビールはぬるかった。 まったく冷やされていないといっても過言ではない。 あちこちからビールがぬるいという声が上がる。 冷えていないのは残念だが、とりあえず喉が渇いて仕方がないので一気に飲み干す。 ビールを一気飲みして、これほど爽快でなかったことは人生で初めてだ。 諸君、ぬるいビールはビールではない!
この懇親会には、ビール以外の飲み物がない。 焼酎や日本酒なんて無い。 なにか飲みたかったら、ぬるいビールをおかわりするしかないのだ。 発泡スチロールの大箱に入れられているビールはどれもぬるい。 奥さんはもっと冷やそうなんていう気はまるでない。 そもそもぬるいビールを発泡スチロールの箱に入れておいて何になるのだ。 どうせぬるいんだし、その辺に置いておけばよいではないか。 それとも何か、ぬるいビールを発泡スチロールの箱に入れておくといつのまにか段々と冷えてくるとか。 そんな箱があったら絶対買うね一度拝見してみたいものだね。 と段々ハラがたってくる。 もう帰ろう。
「いやー今日はありがとうございました。 それじゃあこの辺で、失礼します」
翌日、冷えまくったモルツを飲みながら、イノシシ鍋、すなわち牡丹鍋を作る。 なんで猪鍋を牡丹鍋と呼ぶのかというと、猪の肉が牡丹の花びらのように美しいからだそうだが、オイが頂いた肉には、脂身の部分が見当たらない。 もしかすると、その牡丹の花びらのような部分は、豚でいうところのバラ肉にあたる部分なのかもしれない。 その部分がないということは、その牡丹部分は美味しいため、し止めた人の特権として持ち帰ったのかもしれない。 オイ家にあるシシ肉は、いわば残り物なのかもしれない、なんていうマイナス思考が頭を一瞬よぎるが、猪肉にはかわりないではないか、牡丹でなくたって鍋は鍋だぜ。 カツブシと昆布で出汁をとり、そこに何種類かの味噌を溶かし、酒をドボドボと注いで仕上げる。 うん、なるほど美味しい。
イノシシ肉特産化
猪は山を駆け回り、タケノコやクリ、イモなどいい物ばかり食べているわけだから、マズいハズはない、と美味しんぼに書いてあった。 朝日新聞によると、近年長崎ではイノシシ肉を特産化する動きが活発で、江迎町では実際イノシシ肉が売られているのだとか。 同町によると、オスのイノシシは商品にならないそうで、臭味が少なく、肉が柔らかいメス肉のみを市場に出しているそうな。 臭味がでないようにするために、駆除してすぐに血を抜くのだとか。
元々はイノシシによる農作物被害が増え、駆除したイノシシ肉の処分に困ったところから考え出されたのが「イノシシ肉の特産化」だったらしい。 オイの近所の肉屋でも買えるようにしてください。