イカミサイル

オイは今、オニオンスープ作っている。 家族は風呂に入っている。
オニオンスープはタマネギを焦がさないように長時間炒めなければな らない。 こともあろうに50分とか焦がさぬように炒め続けなければならない。 よって鍋の前に付きっ切りで炒める作業に専念しなければならない。
何でか知らんがタマネギはほんのちょっと目を離しただけで焦げる。 さっきまであんなに美しいあめ色をしていたクセに、一瞬で鍋にこびりついて使い物にならないただの焦げたタマネギに変わり果てる。 カレーはおろか、何の料理にも使えやしない。
タマネギを炒め続けて30分が過ぎた頃、飽きてきた。 腹も減ってきた。 オイもひと風呂あびて、ビールをゴッゴッゴッとヤリたい。 このように考え始めたらその欲望はどんどん膨らんでいき、ついに缶ビールに手をかける。 プシュッ、ゴッゴッゴッ。
なんちゅうかこう、立ったままで、調理をしながらビールというのもなかなかよいものだね。 このビール、よく冷えているな。 おっと、タマネギが焦げちまう混ぜねば。 このようにしてタマネギを炒めながらビールを飲むと美味しいということを発見したオイは、テンションが上がってくる。 タマネギは段々とペースト状になりつつあるし、ビールはウマイし、もう言うことないね。 こんなことならば、屋外でタマネギを炒めればよかった。 外で飲むビールは格別である。 夕暮れの中、外でタマネギを炒めながらビールを飲んだらさぞ美味しかろう。 火の間近で熱い中、夕方の涼やかな風の中、ビールを飲んだらさぞ美味しかろうなー!
という様に、オニオンスープを作ることがオイに課せられた使命だったハズなのだが、いつのまにか、いかに美味しくビールを飲むかということに専念し始めた。
いまさら屋外でタマネギを炒めるわけにはいかんし、そうだ、ビールのつまみは何かないかな。 冷蔵庫をあさる。 うーん、キムチか、よしよし。 新しい缶ビールと、キムチを冷蔵庫から取り出し、ゴッゴッとやる。 ぷはぁー。 おっといけねえ、タマネギが焦げちまう。
うーん、なんちゅうか、もっとビールに合う油々した肴がほしいな。 なんかないかなあ。 うーん・・・・イカ!イカ発見! そうだった。 魚屋で活々としたヤリイカを買ってきてたんだった。 今日はヤリイカの刺身で日本酒を一杯と計画してたんだった。
このイカをタマネギの横っちょでバター炒めにしてビールを飲んだらさぞオイシカろう。 やってみっか! でもタマネギ炒めは最早大詰め。 火力は最小にし、絶えずかき混ぜている状態。 イカをさばく時間なんてねえな。 うーんどうすっか・・・まてよ、イカを丸ごと焼いてみたらどうだろうか?
ワタもスミもなにもかもつけたまま、丸ごと一匹のイカを鉄板焼きにしたら美味しいのではなかろうか。 鮎だって塩振って丸焼きにしたりするじゃないか。 日本人には焼き魚をむしって身と骨に分別するスキルが備わっているわけで、それに比べたら丸焼きのイカのトンビを取り出すことや、透明の甲を引っこ抜くなんてことはワケナイはずだ。 なんでイカの丸焼きってないんだろうか? バターと塩コショウと酒で、丸焼きの鉄板焼きにすればよいのである!
早速、タマネギの横っちょの空いてるコンロに鉄板を配置し、強火でガンガン熱する。 白煙が上がり始めた頃、目の前にタマネギを炒めるのに使ったバターが転がっていたのでそれをヒトカケラ放り込み、ヤリイカを丸ごとすべらせた。
「ジョワー」というウマソウな音がして、下足が縮れてくる。 すかさず目の前の塩コショウを振りかける。 バターの焦げた、いい香りがキッチン内に充満する。 「おぉー、これだこれ、ビールに合うぞー」と興奮し、ビールをあおる。
イカを一旦ひっくり返して焼いた後、元の位置に戻す。 仕上げに日本酒をイカの上からブッカケルと、ボワーっと炎があがった。 「ホッホッホッホ、ファイヤー!」とつい口ばしってしまう。

もうもうと立ち込める煙と、オイの奇声により一体なのが起きたのかと不安になった子供たち、嫁が風呂からでてきた。 そこで一同が見たものは、キッチンでタマネギを炒めつつ、イカから火柱を上げながらビール片手に狂喜乱舞しているオイの姿であった。 「それって火事になんないの? んで? オニオンスープは? まだ? あそ」という言葉を残し、一同風呂へと帰っていった。
イカは焼きすぎてはいけない。 そもそも刺身用のイカだし、生焼けだって平気なはずである。 程よく焼けたイカをエンペラのほうからほうばる。 こういうものは切って食べてはいけない。 かぶりつくのである。 イカの肉汁(肉汁でいいのか)が口中にほとばしり、頭の中につまっているイカのワタや卵の味が感じられる。 われながら絶妙の塩加減を施している。 胴体の途中で一旦噛み切った後、残る全ての部分をいっぺんに口に入れる。 美味しい。
イカの丸焼き大正解。 たまたま卵も入っていたものだからウマイの何の。 よく考えてみると、イカスミは料理に使うぐらいだから捨てずに食ったほうがよいのだ。 トンビだって干して串刺しにされ珍味として酒肴になったりもするし、とにかく、イカは丸ごと全部食えるということを実証したのである。 目だって魚の例をあげればおわかりいただけるであろう。 イカは捨てるところなんて皆無なのだ。
そうだな、せっかくなので、この簡単な料理に名前をつけたい。 烏賊の鉄砲焼きという料理がよく居酒屋なんかでだされるが、その名前の由来はよくわからない。 ゲソその他を胴体に詰め込んで焼くというところが鉄砲に弾をこめるところを連想させるからなのか、その姿が鉄砲玉のようだからなのか・・・・よくわからない。
そのへんから着想を得て、イカのミサイル焼きというのはどうであろうか。 見方によっちゃ、ミサイルにも見えないこともない。 ほら、下足がミサイルの噴出す白煙に見えないかい? なんだい、それならイカのロケット焼きでもよさそうじゃないか。
とにかく名前なんてどうでもよい。 美味けりゃいーのだ。 今日オニオンスープを作ってよかったよほんと。 あ、そういやタマネギ!
※2 叩き潰したニンニクをごま油で熱し、イカを焼き、紹興酒を振りかけて、コチュジャン、テンメンジャンで味付けするというもの試したが美味かった。