長芋のわさびあえ

「いい店があるんだよー」
変に気が合い、一緒に飲みに行くことになった氏は言う。 「どんな感じの店? 酒の種類が豊富だったりとかそういうの?」と尋ねてみれば、これがまた別の意味でのいい店で・・・氏:「店員の姉ちゃんがみんなこんな短いスカートはいててね、もう飲むどころではないっちゅう居酒屋なわけよ」 オイ:「・・・」
飲み行くのに飲まんでどうする。 そっち系がよければ、何も居酒屋に行くこともなかろうもん。 即却下。
オイ:「じゃあオイが店決めようか、あのねえ」 氏:「もうひとつ気になってる店があるわけよ」 オイ:「どんな?」
氏:「あのねえ、居酒屋なんだけど店員の姉ちゃんがみんな花魁みたいな格好しているわけよ。 ガツッと開いた襟元を見ていたらもう、酒なんて飲めるかっちゅう話でね。 でも接客は最悪だよ」 オイ:「またそっちか・・・」
気が合う気がしたのは何かの間違いだったようだ。 キャバクラにでも行ってきたらと促したら、飲みには行きたいらしい。
店はもちろんオイの独断で決めて、いざ乾杯。
話題が豊富で面白い人だ。 いままでの職歴逸話を聞かされたのだがこれがまたドラマティックであり、誰かに話したいぐらい、外見からは想像もつかぬほど濃い内容だった。 ブログにでもしてまとめたら結構需要があるのでは、なんて勧めてみたが本人にまったくその気はない。
飲み始めて一時間ばかり経過した頃フとあることに気がついた。 そういやこの人、飲んでばかりで肴にまったく手をつけていない。 氏の目の前にはまだ手付かずの突き出しが残っている。
オイ:「つままないの?」 氏:「まあぼちぼち」 オイ:「この鯖の竜田揚げ、さっきたのんでたでしょ、ほらつまめば?」 氏:「大丈夫大丈夫」
酒は顔色ひとつ変えずにじっくり飲むくせに、食べ物には一切口をつけない。 昔焼き鳥屋でとなりに座った赤ッパナのおじさんが「俺はな、魚の煮つけが一切れあれば、それで一升酒が飲めるんだ、あとは何にもいらねえ」と豪語したが、その類の人物なのだろうか。
しかもどんだけ酒を飲もうとも、顔色ひとつ変わりゃあしない。 この人、大酒豪なのかもしれない。 結局店を出るまで何一つ食べなかった。 こちらはガンガン酒肴をたのみ、グァツグァツつまみながら飲んだので、ワリカンにするのは心許なかった。
朝方氏をタクシーに乗せて、少し肌寒い中ヨロヨロと歩いて家路についた。 シャワーを浴びて爆睡し、昼過ぎに目を覚ましてボーッとコーヒーを飲んでいた。
すると氏から電話があった。
なんと、昨日のことは、何一つ覚えていないらしいのだ。 何やかんや熱く語り、ちゃんとタクシーに乗って帰ったと伝えても、全部覚えていないそうだ。
悪酔いしている様子はなかったけど、つまみを一切口にせずに飲んでいたからそれが効いたのでは? と話したところ「やっぱり・・・」と氏は急激にヘコんだ。
酒に酔いだすと、食べ物をつまむことを忘れてしまうらしい。 昨日はハナから酔っぱらっていたということなのだろうか。
本当はこういう肴をつまみながら飲むのが好きなんだと、あれこれメニューを挙げはじめたが、二日酔いで頭痛がし、胃が疲労している今のオイにとってはどれもこれも重たすぎる品々だった。
その中で、たったひとつこれは旨そうだなと思えたのは、「長芋のわさびあえ」だった。 長芋の皮をむいて好きなように切り、粉わさびをまぶしつけてから塩をパラリとふりかける(薄口醤油でも可)。 見た目からは想像もできない辛味がほとばしるが、すぐにそれをヌラヌラがフォローするのでのたうちまわることはない。 わさびを大量に加えようが、ちょっぴり加えようが、見た目はほとんど変わらないので口にするまではそのわさびあえがどれほど辛いのかを判断できない。
今度わさびをたっぷり使ってこしらえて、妹にでもつまませてみようかと思っている。