軽すぎた一杯
小雨が。
それどころではない。 ひき肉が安かったので買いこんだのはよいが、ハンバーグにするかそれともメンチカツにするかでさっきから悩んでいるわりには結論が出てこない。
いつの間にかロードバイクが真横にいた。 顔を見ると「おーっ!」
近所といえば近所だといえなくもないおじさんだ。 久しぶりに会った。 「オイ、元気ー?」歩くスピードにあわせて走るためにヨロヨロ蛇行しながらそう言う。
「かなり元気です!相変わらずロードバイク通勤なんですね」
久しぶりに会う人との会話は楽しい。 オイはいつのまにか歩くのをやめ、おじさんはロードバイクから降り、商店街の中ほどで立ち話を続ける。
「何提げてんの?どうせもう帰るんでしょ?軽く一杯行きますか!」
といわれてしまうと断る理由はない。 軽く行っときますか! ひき肉の件は明日にでも回そう。
この辺で軽く行くとすればどこだろうか? 時間も早いし空いてるはずだ。 あそこの寿司屋で軽く一杯というのはどうだろうか? というオイの提案。
でもまあ帰り道に沿った場所がいいんじゃないの、大通りにあるあの海鮮居酒屋はどうか? というロード氏の提案。 年長者の意見に従う。
こんな場所だしこの時間なのになんでこの店こんなにごった返してるんだろう、というのが店に入った際の第一印象。 はじめて来る店ではないが、それにしてもこんなに混んでることってあるんだなあ。
「二人。」
席が空いてない恐れもあったがなんとか座れた。 周囲はどんちゃん騒ぎなのでこれでは会話をすることは困難なのではなかろうか? でも入ってしまったものは仕方がない。
「とりあえず生を二つ。」
生が運ばれてくるまでの間、メニューを眺め何を注文するのかを相談する。 「場所も場所ですし、何か刺身たのみますか?」
「あれ、言ってなかったっけ?俺ねえ、別に食べれないワケではないんだけれど、生モノってあんまし好きじゃないんだよね。」とロード氏。 そうだったっけ? ていうか店間違えてなくね? じゃあどっちにしろ寿司屋もダメだったというわけだ。
「じゃあ、トリ唐でもつまみます?」
「ごめん。 揚げ物系ってね、今控えてんのよ。 俺さ、通風持ちで血糖値が高くてさ。」ロード氏。 生モンダメで揚げモンダメだったら居酒屋で何つまめばいいの! そうか焼きモンか。 じゃあホッケでもどうかな、ていうかなんだかメンドクサクなってきたのでご自身が食べたいものを注文してください。 メニューを手渡し全権を委ねた。
今気づいたが、それにしても生が来てない。 こんだけ混んでりゃ、ムリないかもな。 ボタンを押して催促をした。 ロード氏はついでに食べ物の注文をした。 発せられる言葉に、知らんフリしながら耳をそばだてた。
「えーっ、まず、おからのコロッケ。 次に・・・シーザーサラダ? とりあえずこの辺で」
・・・・・・たしかに「軽く」飲もうと言った確かに。 でも食い物それで終わりなの?マジで?
おからのコロッケて揚げモンだよね。 でも中身がおからだから健康的だという解釈なのか。 サラダは生モノには・・・入らないんだよなそーだよな、なんちゅうかこう、動物系を避けたいという所なのだろうか。 でもシーザーサラダってベーコンとか卵とか入ってっけどなあ。
それにしても食べ物はもう注文しないのだろうか。
生がようやく届いた。 乾杯をしてから一気に空ける。 目の前の氏は・・・とても緩やかに飲まれる方のようだ。 「いやでも久しぶりだよなあ」と会話しながらも、本当にこの人物はオイの知り合いなのだろうか? もしかすると他人の空似ではなかろうか、という考えが浮かぶ。
いつしか会話のメインテーマは通風と糖尿になっていた。 是非知っておくべき内容ではあるが、酒なしでそれを聞き続けるのはツラい。 ボタンを押して、熱燗を注文した。
予想していた通り、熱燗は待てど暮らせど来なかった。 オカラとサラダも来なかった。 氏はビールをチビリチビリと舐めるように飲むというかススリ、盛り上がってきた持病と共存する生活について語る。
酒さえあれば、そんな話相槌しながらいくらでも聞くが、やれ食い物は来ないし飲み物は無いは、食い物がどうせきたってアレだわ周囲はどんちゃん騒ぎだわで頭がおかしくなりそうだった。 ほぼシラフの状態で、どんちゃん騒ぎに囲まれると、こんな気持ちになるんだということがはじめてわかった。 いい勉強になった。
「もよおしたら即出すそして即補給する」ことが大事だと説く氏。 なるほどなるほど飲み物来ない。 氏のビールはようやく半分になった。 しかし生一杯でこんだけ語れるのはすごいな、見習うべきだなあ・・・・・・。 おからとサラダ到着。
2つ皿を置き、即立ち去ろうとする店員に熱燗はまだ来ないのかと聞く。 確認してくるという・・・。 どうせ来ないんだろうなあ・・・と、びっくり即熱燗が。
手酌。 さあ、糖だろうと風だろうと何でも来い!聞く!!
オカラコロッケとシーザーサラダを肴に熱燗を飲む。 合うとかどうとかはもう別次元の話。 延々と続く糖と風の話が終わり、子供の話に移った瞬間、2合徳利はもうカラになってしまった。
口惜しい!
もう一本注文するか、でもまた来るまで時間かかるだろうし。 氏の生はもうすぐ底を突くし。 一番よいのはここで切り上げて帰ることだと判断した。
残り2センチのところからなかなか減らない氏の生を見つめながら、ウンウンとエンエン相槌を打ち続けた。 やがて生は空になり「今日はここらでシメますか」という氏の一言に感謝した。
これまで経験したことのない軽すぎる一杯はこうして終わった。 ワリカンで一体幾ら払ったと思いますか? 気が遠くなるほど安かったです。 今回の件は、全部間違っていたと思う。 でもまあこれも経験経験。