雪虎
「もう店、閉めようかなー」
と、通いだして1年ばかりになる料理屋の大将が言う。 「なに言ってんスか。 この前やっと3周年だとかで喜んでいたじゃないスか。 ようやく黒字になってきたって喜んでいたじゃないですか。 内装にもっとこだわらねばならん。 商売は演出だ!と叫んでいたじゃないスか。 3周年記念で生ビール一杯100円にしたら、生の注文ばかり多くて採算合わんと嘆いていたじゃないスか。 がんばりましょうよ。」と、少し励ましてみる。
どうせやめないに決まっている。 そう簡単にやめられても困る。 飲む場所が減るのはイヤだ。 それはさておき注文しておいた軽めのつまみを早くだせ。 なんじゃこりゃ、厚揚げじゃねえか。
目の前に出されたのは、厚揚げに大根おろしがたっぷりかけられたものだった。 これに醤油をかけてつまむのだという。 ふーん、大根おろしが胃にやさしそうだね。
ひとくちぼうばると、うーんなんちゅうかこう、地味に滋味があふれていてウマイというかなんというかもっと別の・・・・・・という感じだった。
この料理どこかで見たような気がするな、と考えていたら、ホラ、揚げだし豆腐に似ているでないの。 醤油がつゆで、厚揚げが豆腐なわけだ。 なーるほどーと、ひとり納得していたところ、思い出した。
この料理、魯山人味道で読んだことがある。 「これって魯山人先生の本に書いてあったような気がするんですが。」と聞いてみると、ネタモトはやはり魯山人だったのだ。
さっそく帰宅し魯山人味道を探し出す。 パラパラとめくる。 みつけた。 この料理の名前は、『雪虎』である。
揚げ豆腐の五分ぐらいの厚さのものを、餅網にかけて、べっこう様の焦げのつく程度に焼き、適宣に切り、新鮮な大根おろしをたくさん添え、いきなり醤油をかけて食う。
北大路魯山人-魯山人味道-より
とある。 焼いた揚げ豆腐に白い大根おろしが降りかかっている様を雪虎と言ったまでと書いてある。 なーるほどー。 この料理が魯山人先生に由来するものだということがわかり、なんだか自分でも作ってみたくなった。
あいにく厚揚げが売り切れであり、厚手の薄揚げ(はっきりしろ)というものが売られていたので、それで代用することにする。 大根のかわりにネギを振り掛けると竹虎であると書いてあった。 厚い薄揚げ(はっきりしろ)をサッと炙り、上から大根おろしをかけて、ネギを散らしてみた。
雪虎竹にしたって勝手である。