雑記の最近のブログ記事

市場を案内しアゲマキ購入

agemakiage

晩酌中に携帯が鳴る。

「おーオイ、元気?」と古い友人の声。 かなり久しぶり。

酒の勢いも手伝い、つい話がはずんでしまったが、オイは今晩酌中なのだ。 オマエと長々話しているヒマはない。 「じゃ、またね」と切ろうとすると「うーん、長崎に行こうと思うんだけど、なかなか時間がなくてねぇ、じゃたまいつの日か。」 と捨て台詞を吐いて、彼は携帯を切った。

あくる日の早朝、携帯が鳴る。 昨晩の男からだ。 「あーオイ、おはよ。 あのね、もう時間がないんだよ、飛行機とれたんで、今からそっちに行くよ、じゃ」一方的に切られた。

昨晩「なかなか時間がなくてね」と話したばかりなのに何を当然血迷ったのか、これから長崎に来るそうだ。 休日だしゆっくりしたいし、子供らと遊ぶ予定もあるのに何でまた唐突に…。

彼は東北在住。 長崎空港に到着したと連絡があったので迎えにいく。 車中の話では、仕事が忙しくてなかなか休みがとれないためにポッと空いた時間を有効活用するそうだ。 この前も突如富士の麓にある隠れたお宿に泊まりにいったのだとか。

「長崎で、なんか面白い所ない?」

うーん、グラバー園とかそういうこと? 「じゃなくて」 そうか……………。 オイにとって、市場は遊び場だけどねえ。 面白いと思うけどねえ。 「じゃ、その市場を案内してよ」という。

魚市場は早朝に行かねば面白くないし、今の時間だったら長崎市中心部にある築町市場なんか面白いと思うけど。 っていうかオイはそこが好き。 どうっすかね。 今晩はどうせ飲みに行くんだよね? 築町近辺にはいい飲み屋があるもんで、そこもせっかくだから案内しておこうか。

梅雨で魚が少ないのだろうか、いまいちいつもの活気が感じられないような気がしたが、もう10時だし、こんなもんか。 「どーですかキミ、からすみとかも売ってますよ。 東北と比べて、どーっすか。 ほらそこ、鯨カツとかも売ってますよ。」と鯨カツを購入し、築町を歩きながら案内する。

「そこの海産物やさんはね、イーカツブシ売ってるけどいかが? ほかにもイロイロあるよ。 ほーら、この胡麻ドレがまたウマイんだ娘が好きでさ。」 と、ついうっかり、濃口醤油とドレッシング、削り節を購入してしまう。 

「ここをまっすぐ行くとね、魚屋さんがいくつかあるんだよ。 ほーらイワシが沢山並んでいる…うーん、キレイなイワシだね、じゃ、これください。」イワシを購入した。

「その角を曲がるとまた魚屋さんがあるんだよ。 ほーら、サザエとかも売ってるし、オ、好物のアゲマキが売ってやがる、えーいしょうがない、一山ください。」アゲマキを2kg購入。

「いやーきみ、どうだね長崎の市場は。 何、面白いも何も、オイの買い物に付き合わされただけじゃないかだって! うん、そうとも言えなくもない。」

オイ家にてアゲマキをバター焼きにして、昼間っから、東北人と飲んだ。 夕方から寿司屋に行って、その後銅座で朝まで飲んだ。 まあまあ楽しかった。

クリスマス、餅つき、そして地頭鶏

地鶏

今年もイブがやってきた、大忙しだ。 近頃は大体このように過ごしているわけだが、もはやオイは料理長と勝手に呼ばれているわけで、大勢の食事を、ほぼひとりで用意しなければならないという境遇にある。 オイ家は子供が3人いるし、その他の家族は毎年どこかで子供が生まれているのでだんだんと人が増えてきている。 少子化なんてハッタリのようだ。

今年中核をなすメニューはローストチキンピザローストビーフだった。 クリスマス会にこれらの料理があれば、あとはチョコチョコ持ち寄ったものをつまめば十分である。

オイは夕方にはローストチキンの仕込みを始めなければいけなかったわけだが、なんとこの日に餅つきをするので手伝えとかいう緊急の予定を勝手に組み込まれており、マジかとゴネつつも、どうせやらなければならないのならばサッサト済ませてローストチキンに取り掛かりたかったので、半ば張り切って餅つき現場に自転車で向かった。

「あー、こんちゃーッス」と到着した時にはすでに石ウスを男たちが取り囲んでおり、ペッタンペッタンはじめていた。 その横ではカンコロモチ作りに励む婆さんたち。 暮のほほえましい光景だなーっとボーっとしているわけにはいかない。 さっそく石うすの前に向かう。

おそらく中学生と思われる少年が、へっぴり腰でペチャ、ペチャ…と餅をついており、周囲のおじさんから野次られたり、顔を赤らめたり、石うすの横っちょに杵(きね)をぶつけてしまい、杵のくずが餅にまぎれこんだとかでやはり野次られたりしている。

その少年と向かい合わせになり、一緒に餅をついている人物は小柄ながら腰がはいった杵さばきでいかにも熟練者風で、杵を振り下ろすスピードが違う。 2人は石うすをはさんで向かい合い、餅を交互についているわけだがリズムが合わず、度々中断することになる。 これでは餅をついているのかジャレているのかよくわからない。

少年が皆から野次られすぎて顔面がライチのように真っ赤になってフリーズしたのをキッカケに、オイと交代することになった。 餅覚悟しろ、オイはモロつくよ、さっきの少年とは違うぞ、つきまくるよ、という気構えだ。

熟練者を敬い、熟練者のリズムにあわせて杵を振り下ろす。 一瞬の遅れが命取りとなり、杵どおしをぶつけてしまった日にゃ、また周囲から罵詈雑言が浴びせかけられるという状況だ。 熟練者はまるで自分の餅つきテクニックを誇示するかのように、腰を入れ、だんだんと杵を振り下ろすスピードをあげているように思われる。 「さあ、オイ、どんどん、ついて、こい、おくれ、んなよっ!!」という風に。

こっちは助っ人で呼ばれてわざわざ来てやったんだ、ホントはクリスマス会の準備を家でゆっくり集中してやってたかったんだかんな、たかが餅つきごときで、失態をさらすわけにはいけねえ、と妙な意地が芽生えてきており、杵を振り下ろすたびになんだか祭りモードになってきて、版画を彫っている最中の棟方志功のように夢中で杵を振りかざした。

餅つきというものは、石うすの中のもち米をただ単に杵でついておればよい、という単純なものではない。 ついているスキを見計らって、巧みに手を餅に差し伸べ、途中でまとめてやらねばならない(これを何というのだろうか)。 この役割を担う人が一人必要なのだが、いない。 なのでしばらく餅をついたら手を休め、手を水で濡らし、自分たちで餅をまとめ、また杵を持ち、つきはじめねばならない。 非常に能率的でない。

以前はこの役の上手な人物がいたらしいのだが、ある年運悪く杵で手をグシャリとやられたらしく、それ以来その役を降りたのだという……。

とにかく餅をつき終わり、帰宅して、ローストチキンの準備にとりかかった。 ていうかもう17時じゃないかマズい、皆が来る。 大急ぎで丸鳥の下処理をし、ローストする前にただひたすら油を回しかけるという地味な作業を延々と繰り返す。 美しく仕上げるためにはこれを入念に行わねばならない。 油の温度が高いとすぐに真っ黒になってしまう。

まだ来てほしくないなと思っていたら来てしまうのが客で、ゾロゾロとあがりこんでくる。 「あれ、まだメシできてないの?」と無責任な態度をとる無礼者がいる。 鶏に油をかけつつ顔をのぞかせ「わかっとるっちゃー、もうちょいまっとけボゲーッ」と半ギレ状態になる。

皮がこんがりいい色になった鶏をオーブンにいれて、つぎはピザの生地伸ばしをはじめる。 ピザは近所の住人にも配達してあげるという約束を嫁が勝手にしてしまっているので大量に作らねばならない。 なので今日はオーブンがフル稼働なのだ。 ということは随時焼け具合をチェックしなければいけないのでオイはキッチンに閉じこもりっきりとなる。 さらにやれ氷がないとか、小皿をよこせとかいう注文にも迅速に対応せねばならないし。

焼きあがったローストチキンを丸のままテーブルにのせると「オォー」という歓声があがる。 クリスマスといえばやはりこれだ。 しかし子供たちは誰かがもってきたケンチキに手を伸ばす。 「あーっチョイマテ。 まずは自家製ローストチキンから食ってくだせえ。 せっかく油ジャジャーかけて作ったんだから」 宴の開始だ。

オイはピザを一枚ずつ焼き上げなければならない。 ピザの上にイロイロのせて、オーブンに入れる。 焼けるのを待つ間、次のピザのセットをして……という風に忙しい。 時折アサリバターを作れだとかお湯割りひとつとかいう注文にも対応しなければならない。 忙しいがオイ自身も宴を楽しみたい。 キッチンでキンキンに冷えたプレミアムモルツを開けて飲りはじめる。

肴は冷凍庫から見つけ出したエダマメ。 他に目についたものはない。 イカがあればミサイル焼きにでもするのだがない。 うーんエダマメだけでは気持ちよくないな、なんかないかなんかないか…あった。 真空パックされた宮崎地頭鶏

地頭鶏とは「じとっこ」と読む宮崎特産の鶏で、パッケージには例のどげんかせんばいかんの元軍団知事のイラストが描かれたシールが貼られてある。 一口大になっており炭火で焼かれている。 適度な歯ごたえとにじみ出る肉汁がお気に入りで、何袋か買いだめしておいたものである。 レンジでチンすればすぐに食べられるが、あいにくピザを焼いているので使用できない。 それならば、ガスコンロに網をのせ、直火で炙って手っ取り早く食ってやろうじゃないか、という図がトップの写真。 延々とピザを焼きながら、ビールを飲みつつ、地頭鶏をつまんだのだった。 酒にも焼酎にも合う。

懇親会というか拷問

牡丹鍋

「上質なイノシシ肉が手に入ったのでとりにこい」という電話があった。

作物を荒らすイノシシがどうのこうの…で、猟師が仕留めたものらしい。 以前にもしし肉をいただいたことがあったが、シシ肉は旨い。 脂がしつこくなく、肉は柔らかく、なんちゃって牡丹鍋を作ると非常によかった。 即、イノシシをもらいに行く。

「ほー。 こんなに沢山もらっていいのでしょうか?」

用意されていた猪肉は一頭分丸ごとなのでは?というほどの量で、うれしさ半分、どうやって食べきれというんだという困惑半分という具合だった。 でも食べきれない分は冷凍すればいいし、そう深く考えることでもない。 くれるものは、もらわなければ損である。 しかし、世の中そうオイシイ話ばかりではない。

「シシ肉をあげる。 でもそのかわりといってはなんなんだけど、運動会の練習手伝ってくんない?」

という交換条件が提示されたのだ。

来週、この田舎町で運動会があるという。 町内の運動会なのだが、町民は皆はりきっており、一年の行事でも特にこの運動会を楽しみにしているらしい。 「山田さん家の嫁さんには負けられんばい」とか「去年の雪辱をリベンジしてノックダウンさせてやるっちゃ」とか「雅治のヤツ、馬場チョップばくらわせてやる」とかいう、なんとも小規模な個人間のいがみ合いというかライバル心がほとばしっているらしい。 とにかく町内の大事な行事なのだ。

町内運動会は来週に控えており、毎晩予行練習を行っているという。 予行練習までやるのだ。 気合が入っているのだ。 その予行練習では、本番さながら、ムカデ競争やら玉入れやらをやるそうで、それに際し道具を出し入れするいわば「道具係」が必須なのだとか。 率直にいうと、その道具係をオイにやれということらしいというのは、話を2割聞いただけでわかった。

簡単な話である。 そのくらい引き受けましょう。 指示されたとおりに、イソイソと道具を出し入れすること2時間、任務は無事終了した。

「いやいやホント助かったよ、オイくん。 さあ、予行練習も終わったし、懇親会だっちゃ」

どちらかというと、皆さんは予行練習の後の飲み会を楽しみにしていたらしく、早くビールを飲みたいがために目は血走り、浮き足立っている。 オイに猪肉をくれた本人は町内のまとめ役らしく、自分の家に皆を案内する。 「家内がビールをギンギンに冷やしているもんでよ、家に来い」

猪肉もらって、道具を少し運んであげたらビールにありつけるなんて幸せ。 汗ダクだしあいにく喉はカラカラだ。 しかし10月だというのになんでこんなに暑いのか? いやそんなことはどうだってよろしい、とにかくギンギンに冷えたビールを何杯か一気飲みしないと話にならない、軽トラの荷台に乗り、シシ肉氏の家へ向かう。

玄関はすでに開放されており、奥さんがビールとともに待ち構えている。 玄関に入るやいなや、キンキンのビールを一本づつ手渡される、ハズだったが…。 あれ? これってヌルイよね??

奥さんが満面の笑みで手渡してくれる500mlの缶ビールは、冷えすぎというぐらい冷えているハズというかそうでなければならない。 皆汗をかいているんだ。 しかし、その缶ビールはヌルヌルもヌルヌルであった。 もうね、受け取った瞬間にぬるいと分かった。 周りを見回すが、皆さん「うわ、このビールぬるいよね」とかそういう声は聞こえてこない。 オイのビールだけがぬるいのか、いや、そういうわけはない。 ビールには、水滴ひとつついていない。 やはり、皆のビールもぬるいに違いないのだ。

並列に並べられた長テーブルには、奥さん手作りの美味しそうなつまみが用意されている。 だのにビールはぬるい。 しかも室内がやけに暑い。 エアコンが入っていない。 マジか。 適当なところに腰をおろし、とりあえずぬるいなりにも早くビールを一口飲みたいという衝動にかられる。 もしかすると以外に冷えているのかもしれないし。 挨拶なんかイーから早く乾杯をしろ、なんて考えてたら、やはり皆同じ意見だった。 「もーよかよか、とりあえず、ビールば飲もーでかープシュッ」

やはりビールはぬるかった。 まったく冷やされていないといっても過言ではない。 あちこちからビールがぬるいという声が上がる。 冷えていないのは残念だが、とりあえず喉が渇いて仕方がないので一気に飲み干す。 ビールを一気飲みして、これほど爽快でなかったことは人生で初めてだ。 諸君、ぬるいビールはビールではない!

この懇親会には、ビール以外の飲み物がない。 焼酎や日本酒なんて無い。 なにか飲みたかったら、ぬるいビールをおかわりするしかないのだ。 発泡スチロールの大箱に入れられているビールはどれもぬるい。 奥さんはもっと冷やそうなんていう気はまるでない。 そもそもぬるいビールを発泡スチロールの箱に入れておいて何になるのだ。 どうせぬるいんだし、その辺に置いておけばよいではないか。 それとも何か、ぬるいビールを発泡スチロールの箱に入れておくといつのまにか段々と冷えてくるとか。 そんな箱があったら絶対買うね一度拝見してみたいものだね。 と段々ハラがたってくる。 もう帰ろう。

「いやー今日はありがとうございました。 それじゃあこの辺で、失礼します」

翌日、冷えまくったモルツを飲みながら、イノシシ鍋、すなわち牡丹鍋を作る。 なんで猪鍋を牡丹鍋と呼ぶのかというと、猪の肉が牡丹の花びらのように美しいからだそうだが、オイが頂いた肉には、脂身の部分が見当たらない。 もしかすると、その牡丹の花びらのような部分は、豚でいうところのバラ肉にあたる部分なのかもしれない。 その部分がないということは、その牡丹部分は美味しいため、し止めた人の特権として持ち帰ったのかもしれない。 オイ家にあるシシ肉は、いわば残り物なのかもしれない、なんていうマイナス思考が頭を一瞬よぎるが、猪肉にはかわりないではないか、牡丹でなくたって鍋は鍋だぜ。 カツブシと昆布で出汁をとり、そこに何種類かの味噌を溶かし、酒をドボドボと注いで仕上げる。 うん、なるほど美味しい。

イノシシ肉特産化

猪は山を駆け回り、タケノコやクリ、イモなどいい物ばかり食べているわけだから、マズいハズはない、と美味しんぼに書いてあった。 朝日新聞によると、近年長崎ではイノシシ肉を特産化する動きが活発で、江迎町では実際イノシシ肉が売られているのだとか。 同町によると、オスのイノシシは商品にならないそうで、臭味が少なく、肉が柔らかいメス肉のみを市場に出しているそうな。 臭味がでないようにするために、駆除してすぐに血を抜くのだとか。

元々はイノシシによる農作物被害が増え、駆除したイノシシ肉の処分に困ったところから考え出されたのが「イノシシ肉の特産化」だったらしい。 オイの近所の肉屋でも買えるようにしてください。

割れたロックグラス

割れたロックグラス

マーフィーの法則だったか何だったかに「お気に入りのコーヒーカップはいつか割れるものだ、だから購入した時すでに割れたものだと考えろ」というような話があったようななかったような気がしないでもないといっても過言ではない。

別にお気に入りってほどでもないが、Francfrancで購入したロックグラスを焼酎用に使っていて、これがまたよく割れるんだ。

ある時は大きな氷塊を無理やり詰め込もうとしてパリン。 またあるときは、食器洗い中に勢い余ってパリン。 なぜか手から滑り落ちたり、嫁が割ったり、食器棚にしまおうとしていてよく見るとヒビが入っていることに気づく。 というように、ロックグラスだけがやけに割れるのである。 時には購入したその日に割ることもある。 だから沢山買いだめしておかなければならない。

そしてまた昨晩も割れた。 南無阿弥陀仏。

リモコンの裏蓋に激怒する

リ、リモコンのツメがっ!

まずは上の写真を見ていただきたい。 テレビのリモコンに内蔵されている2本の単4電池が見える。 これは「リモコンの電池を取り替えようとして、裏蓋を開けたところ」の図ではない。 誠に不本意ながら電池が露出してしまっている状態なのである。

まずは上の写真を凝視していただきたい。 どこかおかしいところがあるはずである。 そう、裏蓋のツメがない。 本来裏蓋から突き出ていて、リモコン本体とドッキングじた状態を保持しておくためのツメがないのである。 なぜないのか?

それは折れたからである。

なぜ折れたのか? それはフトしたはずみでちゃぶ台の上からリモコンを落としたからである。 使用している人間、すなわちオイに過失があることは重々承知している。 しかしなんでちゃぶ台から落ちただけで、ツメは折れなければならなかったのか。

リモコンとは

リモートコントロールの略。(広辞苑より)

リモート・コントロールとは

遠隔操作。 リモコン。(広辞苑より)

リモートとは、『遠隔』を意味する。 リモコンとはすなわち、遠隔操作に用いる機器を指すのだ。 わざわざ書く必要もないが、そうなのである。

「リモコンのないテレビはただのテレビである」と古くから言われるように(一切ない)テレビを楽しむためには是が非でもリモコンがなくてはならない。 リモコンがなければ遠隔操作ができないわけで、テレビに手の届く範囲内でテレビを視聴しなければならなくなる。 それではテレビが近すぎであり、目が悪くなる恐れもあるので母親は気になってしかたがない。 テレビから離れた場合、テレビに用事があるときは、イチイチ歩いてテレビの前まで向かわねばならない。 これは非常に面倒である。 さらに午後の昼下がり、寝転びながらおやつをかじりつつリモコン片手に無意味にチャンネル操作をする行為は、ボケ防止に極めて効果的だという科学的実証があるわけがない。

とにかく、リモコンはなくてはならない。 裏蓋のツメが折れたのならば、セロテープとかでリモコン本体とくっつけておかねばならない。 そうしないと、肝心な電池がポロポロと外れてしまうのだ。 外蓋がこの世に存在するたったひとつだけの理由は『電池を保持すること』これしかないのである。

セロテープにより見事復活を果たした裏蓋はツメが折れているにも関わらず、電池をしっかりと保持しようとがんばる。 しかし、使用していくうちに、セロテープの粘着部分が溶け出してきて、リモコン本体がベタついてくるようになる。 そうなると、その部分をさけてリモコンを持たねばならないようになり、甚だ使い勝手が悪くなる。 さらに電池を交換する日がきたら、否応なしにそのベタベタ部分に触れなければならなくなる。

セロテープではなく、別の方法で裏蓋を保持できればよいのだが、接着剤でくっつけてしまっては電池が交換できなくなるし、輪ゴムで止めてみるとそのみすぼらしい外見に落胆するし、なんとも収まりが悪い。 やはり、透明なセロテープが一番スマートに裏蓋を保持しておくことができるというわけなのだ。

そもそも裏蓋のツメが折れるから面倒くさい話になるわけで、1度や2度ならばまだしも、我が家のテレビのリモコンはまず間違いなく裏蓋のツメが破損する。 間違いない。 荒々しい扱いをした覚えはなく、いつもほんの些細な衝撃によって破損している。 毎日リモコンを使えばたまには落とすこともあるわけだ。 ちゃぶ台の上から落ちただけで、ツメが折れちゃっても困るわけだ。

とにかく各家電メーカーにはもう少し丈夫に裏蓋を作ってもらえないものかとお願いしたい。 もしくは電卓みたいに太陽電池にするとかいう構造改革をする。 そういえば、携帯電話をリモコン代わりに使えるが、携帯電話の仕事は電話である。 

リモコンが落ちるということは、爪の破損を意味する。 今まで幾度となくそれを経験しているオイは、リモコンを落とす度に、ハンマー投擲直後の室伏広治のように雄たけびを上げるしかないのだった。

豪華な病院食

byouinsyoku

息子、娘、オイの3人で暮らしはじめて5日になる。

育児というものは大変なことである。 時間が圧倒的に、なくなる。

朝と夜の食事を作ることさえままならない。(昼飯は保育園で食っている)

朝ゴハンはいつものように魚の開きに豆腐、海苔、納豆、牛乳、そして炊き立ての白いご飯といきたいところだが魚を焼いている時間がない。 よって、トーストにハムエッグ、牛乳ということになる。 子供たちからは『米を食わせろ』というクレームがつく。

夜ごはんを作る時間も限られている。 子供たちが好きそうなメニューと酒肴を2、3品作り、ワシワシ食べる子供たちを見ながら一杯飲るというのもよいものである。 がしかしそのようなヒマはない。 20:00時までには子供たちを寝室へ連れ込まないと その後寝つきが悪いし、酒なんて悠長に飲んでいるヒマが、そもそもない。(嫁が入院してからこのかた酒を断っている)

このように時間が非常に限られた状態であるからして、晩ご飯はホカ弁になってしまったり、スーパーのお惣菜になってしまったりする。 別にそういう出来合いものがいけないというわけではないが、手作りの晩ご飯を食べさせてあげれなくて、なんだかかわいそうな気がしないでもない。 しみじみそう思う。

本で読んだが、近年子供たちの一回の食事に含まれる脂肪含有量が大人よりも増えているのだとか。 その原因は、大人たちは仕事に忙しく、子供たちは塾や習い事に忙しく、なにかと一人で食事を済ませる時間が増えて、結果、脂肪分の多いファーストフードを食べてしまうからだとかそういう話が書いてあったように記憶している。

とにかく、オイだけでは2人の子供の面倒をみるのは大変だ。 嫁も居ないとイカンということに気づいた。 前回娘を出産する際は、嫁の入院中に面倒をみる子供が息子のみであり、気心が知れた男2人、のんびり楽しく過ごしたという記憶がある。 これが娘一人増えただけでこうも大変になるとは。 いやまてよ、と、言うことは、娘の世話が大変だということなのか。 そうそう、そうなのである。 我が家で最終的な決定権を持つのは、常に娘なのである。 オイがニュースを見たいと言っても、101匹ワンちゃんを見ると娘が言えばそれを見なければいけない。 息子から山に連れて行けといわれても「蚊がいるからいかない」と娘が言えば、その計画はおじゃんである。 まるで「世界のクロサワ」並みの独擅場。 娘を嫁にやると仮定して、将来の旦那さんにはしみじみ同情をする。

嫁は必要だということが判明し、3人で暮らすのも残すはあと1日にせまった頃(ヤッタ)、嫁が病院に赤ちゃんを見においでよと、言う。 生まれてからたった数日でも、大分大きく育っているらしい。 週末だし、明日は保育園お休みだし、イッチョ、行ってみっか。

我々3人がちょうど病院に着いた時、赤ちゃんはベビーベットに寝せられており、出産時との変わりように一同驚愕の声を上げる。 そして嫁はというと、晩飯中であった。 その晩飯を見た瞬間、我らは凍りついた。

ハンパでなく豪華なのである。 これは晩飯というかディナー。 カッチョイイディナーを、嫁はひとりだけ楽しんでいたのである。 部屋のドアが開き、おばちゃんが「パンのおかわりはいかがですか?」という。 嫁は「じゃ、お願いします」なんてホザク。

なーにがパンのおかわりだこのやろう。 この皿は一体何という料理名なのだ。 牛肉のクセしてベーコンなんか巻きつけやがってイキガッテんじゃねぇよ。 でもチョット食わせてみろよ。 なんでえ、ウメーじゃねえかこのやろ。 嫁、ワインを持って来いとお願いしろ。 何、アルコールはないのか。

ここ数日、オイたち3人が、さびしくしみじみと出来合いの魚フライやいなり寿司を食べていた頃、嫁というヤツは病院で優雅に、上等の食事を食っていたのである。 なんて不平等な人生なのか。 いや、そもそも人生というものは不平等なものなのだ。

とりあえず嫁は家に帰ってくる。 あぁ、本当によかった。

昭和な電柱

dentyu

畑のど真ん中で、なんとも昭和の臭いを漂わせる電信柱をハッケン。 木製なわけだ。 あそういえば小さい頃近所にも木製の電柱が残ってたっけ。 そしてまるでフランケンのこめかみに刺さっているクギのような、電柱のわき腹に突き刺さるメンテナンスなんかの際に電柱に登る為に取り付けられた太いクギ状のステップを登って遊んでたっけな。

いやしかし今こうして考えると、当時その木製の電柱をノコギリでギコギコと切り倒すというようなイタズラをやったヤツはおらんのだろうか? いやそんなバカな考えをするヤツはおらんだろう。 うーんでもオイ的には切り倒してみたいという欲求にかられないでもない。 うーん。

なんて夜道に電柱の下で写真を撮りながら電柱を切り倒したヤツはおらんのだろうか?なんて思案しているオイの様は、周囲から見ると妖怪並にブキミだったにちがいない。

お洗濯はたのしい

洗いものをしていると、なんだか心まで洗われていくような気がする。 すべての洗い物が済んだ後は、まるで悟りを開いた坊さんのように心が晴れやかである。 という話はこの前書いた。 洗剤能力

納豆を食べた後の茶碗や、目玉焼きの黄身が微妙にこびりついた皿、肉汁が冷えて固まって非常にガンコにくっついている食器などを目の前にすると、燃えてくる。 洗剤だけでは少したよりないので「熱湯」の力を借りて、指でこすると「キュッキュッ」と音がするほどキレイサッパリと汚れを落とすことがなんともいえず楽しいと感じるときがときたまある。

前置きは長くなったが、これに匹敵するぐらい楽しい家事というのが、お洗濯なわけである。

グルグルに回されて、シワシワになった「洗濯物の塊」を洗濯機の中から一気に取り出して、澄み渡るように晴れわたる秋空がすがすがしいベランダにドーン、と放り投げる。 そしてこの先は時間との戦いである。 その塊となった洗濯物をひとつづつほどき、力いっぱいシワのばしをして、干しに干す。 いかに素早く洗濯物干しを終えることができるのかを、ひとりでタイムアタックしているのである。(たぶんご近所様からみるとキモい)

この際重要なのが、洗濯物を干す為の器具、すなわち「洗濯物干し」である。 よくある洗濯バサミが数十個ぶらさがった物干し。 フェイスタオルなんかの両端を、その洗濯バサミでとめてズラーット整然と並べて干すと、風になびいている様も美しく凛々しい。 好きである。 しかし、

その洗濯バサミ付き物干しは、総プラスチック製のものが圧倒的に多い。 ココが問題なわけである。 第一、「パキッ」と、力なく折れる。 洗濯バサミ自体が折れたり、その洗濯バサミと物干し全体をつないでいる鎖状のプラスチックがイカれたり。 そもそも洗濯バサミ付き物干し本体自体が真っ二つに割れたことだって、今こうしてカンタンに数えただけでも6回はある。 ヒトがせっかく気分よく、スピーディーにハンドタオルを干してるというのに「カキッ」なんて控えめな音をたてて折れてくれるものだからムカツクのなんの。 知らん顔してやることは大胆なんだから洗濯バサミ付き物干しは。 ったくもう製造責任者出て来い。

別にオイが怪力ってワケでもないし、第ニ、あまり使用していなくとも「折れる」っちゅうのは一体全体どういうこと? 劣化しすぎ。 オイが推測するところ、この不具合の原因はすべてプラスチック製で作られているということだと考える。 あ、洗濯バサミのバネ部分だけ鉄だ。

大体第三に、見た目がいかにもチープでカッコワルイ。 機能的にもダメで、見た目もかっこわるい。 オマエは一体何をやているんだと、洗濯バサミ付き物干しに説教したい。 そりゃありますよ。 無印良品の洗濯バサミ付き物干しなんかも買ったことがありますよ。 洗濯バサミと、本体とつながるジョイント部以外はスチール製で、丈夫でカッコイイですよ。 でもね、無印良品の洗濯バサミ付き物干しはね、小さすぎた。 (大)でも小さすぎた。 でもしょうがないので、この無印良品製の洗濯バサミ付き物干しを4個、使用しているわけである。 ウチは洗濯物が多いわけである。 無印さん、もうちょっとデカい洗濯バサミ付き物干しを作ってください。

我が家の洗濯物は、子供服が7割である。 子供2人が毎日保育園で泥んこまみれになって遊んで帰ってくると、それだけで洗濯物入れは満杯になる。 そんな子供服を干す際に、大活躍するのが、「タコ足式物干し」である。

スチール製の足が10本ぐらい中心部から伸びていて、そこに洗濯物を干すわけだ。 使わないときは折りたためて収納もコンパクト。 「カキ」なんて割れることも滅多にない。 優秀。 この「タコ足式物干し」の利便性を知る前までは、子供の服を干す作業が一番苦痛であった。 小さいし、量多いし。 しかし、こんなときにはこの「タコ足式物干し」を使用すれば、能率よく、サクサクと、子供服を干すことができるということを、ある日独学で発見したのである。 

それからは、「いかに子供服をキレイに整然と干すか」に没頭することになった。 今では子供服を干させたら、長崎でも9位ぐらいにランクインするかもしれない程ウデを上げた。 タコ足式物干し、オマエは好きだ。 今後ともよろしく。

洗濯物を干す前には、まず洗濯をしなければならないというのはごく当たり前のことではある。 そこでなくてはならないのが、洗濯機。

どんどん増えつづける洗濯物の山をなんとかしようと、半年前に洗濯機を買い換えた。 洗濯容量9kgである。 以前よりも2kg増である。 これで一度に洗える汚れ物が増えた。 やった、万歳である。

ナカナカ働き者の洗濯機で、沢山詰め込んでも、難なく洗濯完了となる。 がしかし、最近調子が悪い。 洗濯終了の時に鳴るブザーとは、あきらかに違う音がしたので「な、何があった?」と、洗濯機のもとへ走ると、エラーだという。 「D5」とかいう赤い表示がされている。 「D5っていわれて突然止まられてもね、こっちは商売あがったりなんだよね」なんて途方にくれていると、その洗濯機のよこっちょに、「エラーメッセージについて」というシールが張ってあった。 エラーの症状と、対策を記してある。 「D5」の項目を見ると、「洗濯物が片寄っています。 均一に戻してください」というようなことが、書いてあった。

なんだ、ビックリしたじゃねえか。 故障じゃなかったんだね。 と、指示どおりに直すと、再び何事もなかったかのように動き出した。

数日して、またエラーメッセージが。 「なんだ。 また片寄っちゃったのかよったくショーガネーやつねオマエは」と、洗濯機の元へ歩く。 「P3」とかいう見慣れないエラーメッセージが表示されている。 でもなにあわてやしない。 洗濯機の横に、対策が書いてあるもんね。 どりどり、対策は、と。

エラー「P3」の対処法が、どこにも書いていない。 おかしい。 よく見ると、「ココに書いてある以外のエラーがでた場合は、取扱説明書を見てください」なんて書いてある。 ったくもったいぶりやがってと、説明書を開くと、エラーと対策について記してある。 そしてその説明書に表記されているエラー一覧の中に、「P3」がないわけだ。 「ココに書いてある以外のエラーがでた場合は、 修理に出してください」なんて書いてある。 「えぇっ。」

まだ半年しか使っていないのに、もう壊れたんかキミは、っていうか、故障したのはわかったから「P3」って一体どこが悪いの? 教えろ。 頭に来て洗濯機のわき腹に一発かましたら、動いた。

2週間に一度ぐらいの割合で、「P3」というエラーメッセージが表示されるが、わき腹に一発かますと、治る。 そうやってだましだまし今も活躍中の我が家の洗濯機である。

ヨメ的にいうと、オイに洗濯物をやらせるのは絶対にイヤなのだそうな。 「旦那様にそのようなことはさせられませんから私がやります。 あなたはメシフロネルでいてください」なんていう理由からではない。 かえって手間取るからなのだそうな。

洗濯物をベランダに丸投げするので小さなヨゴレがつくし、パンパンはたいて干す作業が不十分で、乾くとシワシワになり、洗濯物をたたむ前に、追加で「シワをのばす」という作業をしなければならないのがメンドクサイ。 そのような理由からである。

洗濯物でタイムアタックをして喜んでいたのは、オイだけであったという事実。 ちなみにオイは、洗濯物を干す作業は大好きだけど、洗濯物をとりこんでたたんで、タンスにしまう作業は大嫌いである。

田舎へ | 見つめる赤いトラクター

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というわけでヨメと娘を家に残し、息子と共に田舎へお泊りにいってきた。 交通機関を駆使しても、なんだか夏休み然としないので、できるかぎり歩いてみることにする。

普段は車で一瞬通り過ぎるだけのばーちゃん家までの道のりも、こうして歩いてみると、なかなか味なもんだね、息子よ。 先は長い。 時間は、ある。 のんびり歩こうよ。

いつ来ても、田舎なんだな、ここわ。 ぼくぁー、なんだか、うれしいんだな。 なんちゅうかこう、ほっとするんだな、ぼくわ。 なんて、山下清然として歩いていると、目の前に、ふぁー赤ーいトラクタぁーが、現れた。

じーっとこちらを見つめているようなきがする。 物悲しそうな雰囲気もあるが、どうもこちらを小ばかにしているような顔つきに見えないでもない。 ずいぶんくたびれているようではあるが、もう引退されているのか、まだまだ現役なのかもよくわからん。 フと、小さい頃に、無断でばあちゃん家のトラクターに乗り込んで、暴走させて、危うく川へ転落しそうになったことを思い出して、一瞬ヒヤリとして、また歩きだした。

木造建築

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実に昭和を感じさせる小店を見つけ、四角いビニール袋に入ったカキ氷をひとつ買い、息子と食べながら歩く。 この辺の家は、木造が多いな。 一体いつ頃建てられたものなんだろ。 手すりらへんとか、好き。 この家には土間があり、そこで子供達が遊んでいた。 身なりを見ると、おそらくこの辺の子供ではないことは確かで、お盆で帰省してはしゃいでいるといったところなんだろうね。

田んぼ

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広大な田んぼのちょうど中央に小道がはしっており、カエルを追いかけながら通り過ぎていく。 四方が緑に囲まれていて気持ちよかね息子よ。

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「ブーン」と、左っかわからデカい音がするので、近づいてみると、そこにはなんと、ラジコンヘリがっ。 遠目から見ると中田英寿風の顔立ちのおじさんが、中田英寿然としたそっけない態度で、まるでフィールド上の中田英寿を髣髴とさせるようにヘリを機敏に操縦している。 ヘリから白い粉が出ているので、おそらく農薬を散布しているものだと思われる。 中田氏の顔は無表情ではあるが、きっと、心では「ウヒャヒャ」と喜びながら、作業しているに違いない。 「ちょっとだけ操縦させてくんない?」 と、心で訴えながら親子二人、しばらくヘリを見守る。

クラシックを聞く牛ら

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こんな田舎のど真ん中で、遠くからクラシック音楽がかすかに聞こえてくる。 誰だ? 昼間っから優雅にキメこんでいるヤツは。 なんと、牛だった。 牛舎(牛舎というか、民家カスタム)からかなり大きなボリュームでなんていう曲かは知らんが昔音楽の授業で聞いたことがあるであろう、うっすらと聞き覚えのある曲が流れている。 これは田舎だからできる音量で、都会だと、いや都会でなくとも周辺に民家があると、いくらクラシックだからといっても、うるさくて、苦情がもちこまれること必至であろう。

ていうか、牛さんらもホントは少しウルサイと思っているのかもしれない。 犬の嗅覚は人間の300倍だとか聞いたことがあるが、牛の聴覚は、人間と比べるとどうなんだろうか? 少なめに見積もって、牛の聴覚が、人間の2倍だったと仮定しよう。 それでも一日中この倍の音量でクラシックを聞かされたら、発狂すること必至であろう。 いや、少し遠慮して、牛の聴覚が人間のそれの1/2だったとしよう。 いやでもそれでもうるさいよ、このクラシック。

乳牛に音楽を聞かせながら育てると、乳の出がよくなるのだとか、その他なんかにも音楽を聞かせると美味しくできあがるだとか聞いたことがあるが、この牛さんの場合、肉牛なのだろうか? 何故、音楽を聞かせると、よい効果が得られるのだろうか? もしかして、牛がリラックスするからであろうかー? それならば、やはりこの大音量の、クラシック音楽では、リラックスできないと、オイは考え、息子にその意見を聞いてもらい、少し気が済んだ。

ていうかそもそもいくら音楽で心地よくさせたからといって、居住している建物がボロくて、なんだかジメジメしていて、非常に狭くて・・・牛さんのことを思ったら、もうこれ以上書けない。

お盆灯篭

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お盆には、先祖を出迎えるための明かりとして、提灯を玄関先に吊るすのであるが、毎年数件は、その提灯の火が原因で、火事が発生している。 せっかくご先祖様を思ってともした提灯が、まさか火事の元になってしまうとは、悔やんでも悔やみきれない。 お盆時期には、かならず新聞で見かける記事。

そのお盆の提灯だが、普通家紋等が入ったベーシックなものが使われるが、地方によっては、上の写真のような、ド派手で豪華なものが使われる。 きらびやかで、さぞ、ご先祖も、お喜びのことでしょうな。

棚田

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高台から棚田が見える。 よくもまあこのように自然の地形をいかして、整然と田んぼを作れるものだと、見入る。 しばらく進むと、棚田の真中に大岩がポツンとあるのを見つける。

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あとで聞いた話、この岩は、昔地震があったときに、上のほうから滑り落ちてきたのだとか。 近くに民家もあることだし直撃しなくてよかったよね。

ばあちゃんの煮つけ

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そしてようやく息子と2人、歩きに歩いてばーちゃん家にたどり着いたわけである。 今晩は花火や、カブトムシ取りに出かける予定ではあるが、とりあえず腹ごしらえをせねばならぬ。

実をいうと、今回の3時間にわたる道のりをずっと、カレーをかついでやってきたのである。 デカい登山用のリュックを背負って。 カレーは漏れないように蓋のキッチリと閉まる圧力鍋に入れ、がんばって歩いた。 圧力鍋の蒸気排出口から少しカレーが漏れることを考慮して、ビニール袋でその辺を密封しておいた。 このカレーを、ばーちゃんに食わせようという魂胆だ。 小麦粉を炒める際には息子も手伝ったので、オイと息子の合作ということにもなる。

ばあちゃんはというと、ばあちゃん流のおもてなしとして、いつものようにお寿司を注文してくれていて、ばーちゃん製ありあわせの煮付けを作っておいてくれたのである。 なーに昆布がデカくったってかまいやしない。 ウマけりゃいいのである。

おわり

4月か

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というか今日から4月たい。 スパイ小説にスパイが欠かせないように、4月にはサクラが欠かせないような感じがするね。 そう、4/1ということでエイプリールフールでもあるね。 そしてここ長崎では、日本初のまち歩き博覧会だという 長崎さるく博というのが始まるわけさね。

「さるく」とは、「さらく」なんていわれ方もする長崎弁で、 まーいうならば「歩く」という意味でよいと思う。 会期は10/29日までというけっこう長い間続くそうなのでさるきまわるのもなんだかよさそうですね、はい。

いやしかし夜桜で一杯やりたいというオイの思いもむなしく今日は雨ですばい。 咲いた早々、けっこう散っちゃいますね桜さんよ。

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