2011年6月アーカイブ
あまカラ
素材
トウモロコシは畑から取ってきてすぐゆでたものがうまい。 大根は畑で抜いて、皮をカジって剥ぎながら肩の青いあたりの一、ニ寸がうまい。 ナマコは海で取って泳ぎながら、シゴいて食べるのがうまい。 ウニは海で取ったのを生でも食べるが、海岸で焼いて食べるのがうまい。 固く乾いたホシガレイは金鎚で叩いてほぐしたのがうまい。 ボーダラは、汗が出るほど力を入れて引き裂いて食べるのがうまいのだ。
「副食物はホシイワシのたぐいである」
と、大隈(重信)はいう。 魚の頭や骨は決してすてない。 それをこまかくきざみ、塩をして貯蔵し、ときどき取り出してひば(干した大根の茎や葉)かなんぞと一緒に煮て食うのである。
魯山人とトゥール・ダルジャン
パリのノートルダムの後の方の海岸にトゥール・ダルジャンという有名なレストランがある。 ルイ十何世からの店で、出される鴨にはその頃からの通し番号がついている。 丸ごと焼いた奴を一旦お客に見せてから、料理場へ下げて、改めて味をつけて出してくるという手のこんだことをする。
それに味をつけることは、余計な手間だ。 鴨の持味を殺すようなものだ。 そのまま横腹を切ってこいといったのが魯山人である。 ~中略~ 魯山人がやおら風呂敷包をひろげて出したのは、醤油とわさびだ。 醤油は関西の何とかいううるさい醤油である。 わさびは粉わさびだが、このごろは粉のほうがいいという説明である。 そいつをガラスの底でこねている白髪の老人を、満堂の紳士淑女は珍しそうに眺めている。 コックもいつの間にか出てきて、そばにポカンと立っている。 ジイさんの得意や思うべし。
車引き上げ隊
早朝、ベランダでストレッチをしていると、近くでブォンブォンとエンジンを吹かす音がした。 やたらと吹かすものだから何事かと音のするほうへ行ってみると、坂道でワゴン車が立往生していた。
タイヤが空回りして坂を上れずにいるらしい。 近寄ると、運転手は近所の青年だった。 無理をしながらここまで上ってきたのだろう、左の後輪が裂けていてホイールも派手にひん曲がっている。 あたりに漂う焼け焦げたゴムの臭いに思わず顔をしかめる。
このままでは付近の迷惑になるので、とりあえず移動させねばならない。 ゆっくりアクセルをふむよう指示しながら、車を後ろから押した。 すると簡単に坂を上りはじめた。
猿追い上げ隊
このところ、長崎市内で猿の出没が相次いでいるらしい。
玄関先で威嚇されたり、髪を引っ張っぱられた人もいるそうだが、幸いにもケガ人は確認されていないとか。 万が一目の前に猿が現れた時の対策として、市は次のように行動するよう注意を促している。
- 目を合わせない。
- 背中を向けない。
- 落ち着いてその場を去る。
- 窓や扉を閉める。
- 石を投げるなど刺激しない。
- 餌を与えない。
猿追い上げ隊
以前、猿を追い払うボランティアを募集した町があった。 ユネスコの世界遺産に登録されている白神山地に隣接する秋田県の八森町だ。
この町では、街中で猿を見かけることはあったものの、畑の作物を食い荒らしたりされることなどはめったになかった。 人と猿がちゃんと住み分けできていたわけだ。
『舌鼓ところどころ』吉田 健一
卓袱
御鰭と呼ばれるのは、客一人に就て鯛を一尾使った証拠に、椀毎に鯛の鰭を二つずつ付けるからだそうで、客が先ずこの鰭を取り除けて宴会が始る。
卓袱料理はもともとが一種の家庭料理で、今日でも長崎で客に家で御馳走する時はこの方式に従うことが多いそうであり、~中略~
銘々が小皿に料理を取り分けるのに、箸は返さないことになっていて、小皿が一人に就て二つしかないのは、小皿に取ったものは全部食べてしまえということになる。 だから、酒を浴びるように飲んでも、二日酔いはしない訳である。~中略~
卓袱料理を考えた人間はやはり酒飲みだったのに違いない。
角煮
脂っこいのに、それが滋味に感じられるだけで、一つ食べることがもう一つ食べる気持ちを誘う。 どちらかと言えば甘い煮方なのが、この場合も酒を辛くするのに丁度いい程度で、本当を言えば、これを皿に盛ったのと酒があれば、それだけで充分な御馳走である。 これを十一食べた先輩がいるという話も聞いたが、無理もないことだと思う。 消化はいいのに決まっているし、要するに、幾らでも食べられて、翌日、又食べられるのがこの豚の角煮である。
『父の詫び状』向田 邦子
薩摩揚
土地の人たちは薩摩揚とはいわず、「つけ揚げ」という。 シッチャゲと少々行儀の悪い呼び方をする人もいた。
骨湯
煮魚を食べ終ると、残った骨や頭に熱湯をさし、汁を吸うのである。 私の体が弱かったせいもあって、滋養になるからと祖母はかならず私に飲ませた。 私は目をつぶって飲んでいた。 今はこんなことをする年寄りも少ないと思うが、昔の人間は塩気を捨てることを勿体ながり、祖母は小皿に残った醤油まで湯をさして飲んでいた。
カメノテ
「あそこのお婆さんは近頃ボケてきた」
そんな話を昨年あたりから耳にしていた。 先日お婆さんと道で会い、「オイくん、煮干いるね?」と聞かれたので「喜んで!」と答えたら、家に入ったっきり出てこなくなった。
心配になり家の中を覗いてみると、お婆さんは何事もなかったかのように座布団に腰をおろしお茶をススッていた。 煮干の件は、忘れているのだろう。
この人には随分世話になった。 季節の野菜をもらったり、栽培法を教えてもらったり、田舎料理を伝授してもらったり、子供たちをかわいがってくれたり・・・。
近々デイサービスセンターに入所することが決まっているそうで、そうなると、会うことも難しくなりそうだ。
梅エキス
今年は40キロの梅を仕込んだ。 家族総出でヘタをとり、塩漬けまでを済ませた。 子供たちにも手伝ってもらうが、もうなれたもので、いちいち指示を出さなくてもテキパキと作業をこなしてゆく。
実は昨年末から、この時期を楽しみにしていた。 なぜならば「梅エキス」を作ってみたかったからである。
トランプ
どこから手に入れたのか、長女がトランプを持ってきた。
ババヌキをしようと言う。 そういえばトランプで遊ぶのは何年ぶりだろう、そもそも家にトランプを置いていなかった。
娘はババヌキのルールを詳しく説明してくれながら、おぼつかない手つきでトランプを切り、配る。 ババが回ってきたのは・・・オイだった。
単純明快なルールがよい。 二人で盛り上がっていると、そこへ長男、次男が入ってきた。 今度は4人でババヌキをはじめる。 娘は、特に次男に対して詳細にルールを説明しながらトランプを配る。 それでは、ゲーム開始!
植物の力
昨年から野菜作りに励んでいる。
家族で力を合わせて庭に小さな畑を作り、エダマメやゴーヤ、トマトにナスを、近所の熟練者に指導してもらいながら育てている。 楽しい。
唐突だが、植物には目があるらしい。
南アメリカ原産のスベリヒユという草は、赤と緑を見分ける。 この植物、茎は地をはって伸び、先のほうで立ち上がるが、赤と緑のブロックをそれぞれ近くに置いたところ、赤のブロックはおかまいなしでその上を覆うように這う。
ところが、緑のブロックは避けて這う。 どうしてこのようなことができるかというと、植物は光の波長を感知する色素を持っているからだ。 どうしてこのようなメカニズムを備えたのかというと、葉が重なったりして生育に影響がでないよう、緑を避け合っているのだとか。 建物の壁にからまるツタもよく見ればびっしりと茂っているようでいて、葉は重なり合うことなく、ちょうど良い間隔を保っている。

最近のコメント
オイ on 「鮭」風「鯵」: 「寒干し豚バラ」旨そ
ミジンコ on 「鮭」風「鯵」: うわぁ、ほんとに高橋
オイ on 福砂屋のカステラを・・・: ありよさん、すごい!
ありよ on 福砂屋のカステラを・・・: うちで探してたら、記
オイ on 福砂屋のカステラを・・・: 福砂屋を周囲に配ると
Pauhana on 福砂屋のカステラを・・・: 私もカステラといえば
オイ on 福砂屋のカステラを・・・: ほう伊達巻がですねえ
ありよ on 福砂屋のカステラを・・・: 多分、伊達巻きが「カ
オイ on Lじゃろ: 小店はどんどん無くな