2011年5月アーカイブ
焼き真子
今イサキが旨い。
魚屋に行くと、えらい安値でイサキが売られていたので、おもいきって10尾買ってきた。 もちろんこれだけの量を、全部自分で消費するわけではない。 昆布〆にして日頃お世話になっている方々へ送ろうと考えたのだ。 せっせと三枚おろしに励んだ。
10尾ともなると、アラも大変な量になる。 特にこの時期イサキは、真子をかかえている。 10尾中8尾に真子が入っていた(残る2尾には白子)。
アラは塩をふってこんがりと焼き、煮出してスープをとった。 そして細麺を打ち、あっさり風味の醤油ラーメンを作った。 鮮魚系ラーメンである。 焼き海苔に、あえて固ゆで玉子をトッピングした。
成長記録20110525
当番
子供たちに役割を受け持ってもらうことにした。
- 長男:クロメダカのエサやり&観察
- 長女:各植物への水やり&観察
- 次男:ゼニガメのエサやり&観察
- 次女:盛り上げ役&監督
どれも毎日休みなく行うことになっている。 今のところ、各自役割を楽しんでいる様子。 冷蔵庫の横に家内が作ったイラスト付カードが下げられていて、役目を終えた人は、それを「終わった!」に裏返すようになっている。
手裏剣
小学校生活にも慣れてきた様子の長女。
帰宅するなり机に向かい、そそくさと宿題を済ませた後は、時間割やプリントの整理等事務処理をこなし、絵を描いたりして遊んでいる。
「そうだ、手裏剣ゲームでもしよう。 ひとりでやっても面白くないけど・・・」という娘のつぶやきが聞こえたので机に行ってみると、手裏剣の山があった。 これほど大量の手裏剣を、一体いつこしらえたのかと聞いたら、保育園の頃に折りためたものだという。 手製の布袋に入れ、大切に保管しておいたそうだ。
「とにかくすごい量だね」と驚くと、
「写真撮ってよ写真!」と頼まれたので、言われるがままに撮影したのがこの一枚。
コメオ
次男と釣りに行った。
ノドが乾いたというので、自動販売機に連れていった。 お金を入れて、好きな飲み物を選ばせた。 彼はお茶のボタンを押した。 落ちてきたボトルを拾い上げ、また釣りの続きに戻ろうとしたのだが、変なことに気がついた。 買ったあともまだ、自販機のボタンが光ったままだったのだ。 「あれ?」
もう一度ボタンを押してみたら「ガタン」とまた落ちてきた。 「この自販機、ぶっ壊れているのでは?」 昔、手を突っ込めば際限なくジュースが落ちてくる自販機が、山の中腹にあった。 この自販機も、もしやその類では・・・。
と懐かしみつつ落ちてきたジュースを手にとると、それは「当たり」の景品だった。
超音波アロマディフューザー 無印良品
先日娘とデートした際、どさくさにまぎれてカゴに入れられたのが、超音波アロマディフューザー。 火を使わずに、超音波による振動で水+アロマオイル(エッセンシャルオイル)を霧状にし、部屋に拡散させるものだ。
むかーしアロマポットを焚いていたこともあったが、近頃めっきりご無沙汰していた分野である。 カバーを開けて、水とオイルを混ぜたものを注ぎ、カバーを閉じてからスイッチオン。 すぐに煙のような霧があふれてくる。
香りに熱を加えないから、オイル本来の自然な香りを楽しむことができる、と説明にある。 あまりの芳しさに、娘は鼻をヒクヒクさせている。 さてこれをどこに設置するかだが・・・寝室へ置いて寝る前に作動させ、いい香りの中眠りにつく、というのはどうだろうか。
デジタルフォトフレーム
お知らせのプリント、作品・・・毎日子供たちが保育園から、小学校から持ち帰ってくるそれらは、4人分ともなるとすさまじい分量になる。
学校、園からの単なる連絡事項のプリントや、子供たちの想いがあまりこもっていない作品などは、躊躇なく捨てることができるのだが、大作や、思い出のひとつとして残しておきたいプリントなどは捨てられない。
だから子供ごとに作品はダンボールに入れ、プリントはファイルをして保管してきたが、もはやこれまで。 とてもじゃないが、これを生業にでもしないかぎりは処理しきれたものではない。
どうしても残しておきたいもの意外は、スキャンしたり、写真として残すことにしてバッサリ捨てた。 家も、気分もスッキリした。 なによりも整理作業から卒業できたことが精神衛生上良い。
このようにして残った一握りの作品たちは、ただハードディスクに保存しているだけではつまらない。 人目にさらさなければ意味がない。 そこで今回初導入したのが、デジタルフォトフレームである。
妙な話
家に遊びに来ては何冊か本を借りていき、その後返そうとしない人が家内の友人にいる。 別に悪気があってそうしているのではなく、天然な人なので、借りていることがどこかに飛んでいってしまうのだろう。
催促をすると「あっそうだった、ゴメン、今度持ってくるから」と必ず言うが、そのためしがない。 第一そこまで飛んでしまうのならば、いくら本を読んだところで同じだろうに、といつも本人に言いきかせている。
どこか憎めない人物で、かなり話が面白い。 酒が入ると輪をかけて面白くなるから、本をいくらあげたって惜しくはない。 どういう人だと説明すれば一番わかってもらえるかを考えてみたところ、親しみを込めつつ「長嶋監督と中村玉緒を足して二で割ったような人物」と表したい。
ある日、家内にその人から電話があった。 「フンフンそれで・・・エッーまぢで、いや送るっていわれても・・・とにかくそこから逃げて!」という、只事ならぬ会話のやりとりがもれてきた。
どうしたのかをたずねたら、とにかく話してみてと家内が言うものだから、しかたなくかわってみたところ、恐るべき光景を語りだした。
無印のお玉おき
めったにないシチュエーションだが娘とオイ、二人だけで遊びにでかけた。 いわば娘とのデートである。
小学生になり急成長した模様で、話し方やしぐさがグンと大人びてきた。 大人びてきたというのは少し言いすぎかもしれないが、とにかく保育園時代と比べてかなりお姉さんっぽく振舞うようになった。 小学校に通いはじめてまだ二月ばかりだというのに、こんな風に変わるもんなんだなあ。 男の子とはまた、全然違う成長具合。
まずは食事をした。 お望みどおり、パスタである。 注文も自分でテキパキとこなすので、親的には楽。 長男はいまだにモゾモジしながら決めあぐねたりするのだが。
パスタを待っている間、食べている最中、ずっと友達の話や最近あったことをアーだ、コーでないとまくしたてる。 これぞマシンガントークである。 自分のことばかり話すのかと思えば、やれオイの着ているシャツが少し長いとか、そろそろ散髪に行けとか小言も言いはじめる。 なんかやっぱり、家内と似てきているような気がする。 うわさには聞いていた現象ではあるが。
腹ごしらえを済ませたところで観覧車に乗ると言い出したのでココウォークへ。 方向全然違うんだけど仕方がない。 個人的には観覧車も得意ではないが仕方がない。 次はちょっと休みたいというのでカフェへ。 再びマシンガントーク。
そしてメインイベントの買い物へ。 買い物大好き少女なのだ娘は。
堀田木工所(hotta woody)の学習机
長女の小学校入学にあたり、学習机を購入した。
長男同様、浜本工芸にしようとも考えたが、それでは面白くないので別のメーカーを選ぶことに決めた。
やはり机は現物を見て買うほうがよいと思う。 家具屋の学習机展示コーナーへ向かったが、どれも似たり寄ったりの形をした机ばかりだ。 実際に使うことになる長女も連れてきて、一緒に選んだほうがよいものだが、それではきっと、かわいい絵柄のあるものや、奇抜なデザインのものがいいと言うに違いない。 家内と手分けして、よさそうな机を物色していく。
ひとつひとつ机を撫でながらうろついていたところ、他とは違う心地よい手さわりの天板を持つ机があった。 まだ全体の半分も見ていないのだが、この机がいいと思った。
それが「hotta woody(堀田木工所)」の作る机だった。
塩鮭
さんまの塩焼き、アジの開き、塩鮭の切り身・・・。 どれも朝の食卓を彩る華々しいスターたちだが、個人的な好みでいうと、塩鮭が一番嬉しい。 これに熱い味噌汁がつけばあとは特に必要ない。
焼きたての塩鮭が一切れあれば、たとえ朝でも、ご飯二杯は軽い。 否、鮭の皮だけでも一杯いけるハズだから計三杯か。 今後も飽きる気配がない。
塩鮭の調理法、実は焼くだけではないのをご存知か。
ご飯に埋もれているもの
日曜の朝に目を覚まし、居間へ行くと親父が新聞を読んでいる。 そして見向きもせずに、「炊飯器ば開けてみろ」と、オイに言う。
待ってましたの瞬間である。 炊飯器の中に何が入っているのかはもう知っている。
豚まんだ。
昨晩飲み歩いた親父がおみやげに買ってきた豚まんが、炊飯器の中で保温されているのだった。 蓋を開くと「モウ」と湯気が顔に当たり、むせる。 そして竹皮に包まれた豚まんが現れる。
お袋はこの行為を「飯に匂いが移るから」と、よく思っていなかったが、今思えばどうせ残り飯だしチャーハンにするのが関の山だろう。 問題ない行為だったように思える。
包みを開いて所々に飯粒のついた豚まんをつまむのがたまらなかった。 兄弟の誰よりも早く、炊飯器の中の豚まんをかじれたことが、妙に誇らしかった。 遠い遠い、子供の頃の記憶。
薄田 泣菫 『茶話』
薄田 泣菫の『茶話』を読み終えた。
茶話は大正末期から昭和にかけて、毎日新聞に掲載されていたコラムであり、当時の毎日新聞は、この茶話だけで売れていたと、開高 健が『知的な痴的な教養講座』に書いている。
今回読んだものは、昭和三年に創元社が出した『茶話抄』に収録された著者自選の154篇を再録したというもの。
丸谷才一は、薄田 泣菫について次のように語った。
泣菫は例のコラムニストのはしりなわけだが、 しかしこんな紹介の仕方をしたせいで、後世の猥雑なコラムと同一視されては気の毒だから、 一つ見本を出してみよう(「俳諧師の頓智」を引く)。
泣菫は、知的であることと暖かい肌合いとが一致しており、イメージの使い方がじつに巧妙だ、と評している。
その「イメージの使い方」について、解説の坪内祐三はこう書いている。
イメージと言えば、『茶話』を一読した読者は、泣菫が人間を動物にたとえる比喩表現に巧みなことに気づくだろう。 そしてその比喩が独特のユーモアをかもし出していることも。
読んでいて気になった表現を以下列記。
プチシイタケ
シイタケに塩、胡椒を振り、たっぷりのバターで炒めてつまむ。 噛んだ瞬間、傘のヒダからバターがにじみでてきてアチアツなりながら冷ったいビールを流し込む。 たぶんその気になれば、シイタケのバター焼きだけでビールを5リットルは飲めると思う。
シイタケのバター焼きは、自分で作ったほうが旨い。 炒める際立ちのぼる芳醇な香りは、調理場でしか味わうことができない。 その余韻に浸りつつ急いで食卓に乗せ、即かぶりつくのである。 ただ卓につき、できあがるのを待つだけならば、あの香りを楽しむことはできない。
もしやこれは・・・
このゴールデンウィーク、家族だけでゆっくりと過ごした。
旅先の砂浜で朝から夕方までずっとぼんやりしているだけだったり、あてもなくぷらっぷら散歩したりした。 親が心身ともにリラックスしていると、それが子供にも伝わるようである。 普段ギャアグヮア騒がしい子供たちも、やけにおとなしかった。
砂浜に寝転がっていると、突如巨大な白犬が現れた。 あまりにも犬がデカいので、飼い主の女性は陰になっていて見えなかった。 一瞬あせった。
とてもおとなしい犬で毛並みが美しく、子供たちはすぐとりこになった。 ワッと近寄ってナデワサしていると、飼い主の女性は「シャンプー代が一回一万円もかかる以外はエサを沢山食べるわけでもなくて飼いやすいんです」と言った。
波打ち際を散歩していて、なにやら物体が打ち上げられているのを見つけた。 土器の破片のようである。 駆け寄って手に取るとこれは・・・・・・急いで家族を呼び寄せた。
「これって土偶のカケラじゃなかろうか!」
無限
賞味期限の受け止め方は人それぞれである。
期限内に必ず食べきり、もし期限を一日でも過ぎれば廃棄してしまう人。 期限内外問わず、匂いや舌、自分の感覚で判断する人。
どちらかといえば、オイは後者のほうで、賞味期限を大幅に過ぎている食品でも、イケそうだったら喰っちまう。 調味料にこういうのが多い。
期限内でも、何か変だったら思い切って捨てちまう。 夏場の豆腐でたまにあるパターンで、期限内でも封を開けたら糸を引いたりすることがある。
そもそも賞味期限とは、「食品の品質が十分に保たれ、おいしく食べられる期間」を指すものである。 過ぎたら食えんという意味ではない。 たまには自分の感覚で判断するのもよいかと思う。
「賞味期限:無限」という食品に出くわした。
香酒盃(こうしゅはい)
あるバーで飲んでいたときのこと、目の前の棚にズラリとディスプレイされているカップのひとつに目が止まった。 陶製品で、表面に大きくワタリガニが描かれている。 チューリップの花のようにモコッとしていて胴に筋が二本走る。
焼酎を注文したら、バーテンダーはその棚からカップをひとつ取ろうとした。 ワタリガニが選ばれることを望んだが、残念ながら、虹色のグラスを彼は手に取った。
「あのー、できればその、カニが描かれているグラスで飲んでみたいのですが・・・」とお願いしてみると、すんなり了承を得た。
近くで見ると、なおさらいいカップだ。 ズシリと重く、カニは細密に描かれており、中身の焼酎はどうでもよくなってきた。 すぐさま飲み干して、カップをなめるように見回した。
「それ、有田焼なんですよ」とバーテンダー。 大分前に有田陶器市で購入したものらしい。
森永ミルクキャラメル
「お寿司のグミを買ってきて」と娘からたのまれた。 お菓子売り場の棚を探しても見つけることができなかったので、独断で「森永ミルクキャラメル」をかごに入れた。 からし色をした昔から変わらぬパッケージに、つい手にとってしまったのだ。 たぶん子供たちはまだこのキャラメルを食べたことがないはず。
「寿司グミ」をリクエストしていたのは長女。 理由を説明し、キャラメルを差し出したらモロに拒絶された。 こんなもの食えるかという顔をしている。
有田陶器市
子供たちを連れて有田陶器市へ向かった。
雨模様にも関わらず、あちこちに設けられている駐車場はいっぱいで、人があふれかえる会場。 道の両側にずらりと並ぶ陶器店に圧倒される。 2割引、3割引は当たり前で、中には「全品半額」との張り紙もみえる。 人それぞれに、陶器の入ったビニール袋を重たそうに提げて、次はこの店に、いやあっちに行ってみようと、まるでテーマパークにでもいるかのように、楽しんでいる様子がうかがえる。 中にはコンテナを三段積んだ台車を持ち込んで、その中に買った陶器を山のように積んで押している人もいた。
子供たち三人は、はぐれないよう手をつなぎ合いながらオイの後ろをだまってついてくる。 と、思いきや面白そうなものを見つけると皆でそこへ飛んでいってしまうので目が離せない。 陶器は見たいし、でも子供からは目が離せないしで、忙しいったらありゃしない。 こうなることは楽に予想できたから、一人で来ようかとも考えたのだが、子供たちに陶器市の経験をさせてやりたかったのだ。
今回のお目当ては、いや今回もと言ったほうが正しいが、酒器と肴を盛り付けるための器である。 子供たちがまだ小さいので、普段使いの器はシンプルで形の統一されたものを使わざるをえないが、一人でゆっくり酒を飲んだり、来客時に格好をつけるための器というのも必要なのだ。

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